BtoB製造業は日本の産業界の大谷翔平。もっとビッグマネーと名声を手にしていい。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長/藻谷 浩介 株式会社日本総合研究所 調査部主席研究員

黙して語らない日本のBtoB製造業

氣賀:今日はお越しいただきありがとうございます。

藻谷:こちらこそ。「BtoB企業に対してデジタルコミュニケーションの支援を行う会社」と連絡をいただき、こういう会社があったのかと心強く思いました。BtoCへのコミュニケーション支援は多数見聞きしますが、BtoBはほとんど聞いたことがなかったですから。

氣賀さんは時代に先駆けるように、ニューヨークでプライベートバンクのアナリストからスタートされたそうですが、どうしてお辞めになったのですか?

氣賀:株式投資は、その会社の良い悪いを判断して売買します。シンプル化して世の中を動かすのが資本主義のすごいところですが、自分は課題解決に携わる方が性に合っていると感じたのです。

藻谷:アメリカ人の思考のベースにはキリスト教があります。最後の審判で天国行きと地獄行きが分かれるというように、何かと一方向に、白黒つけて考えやすい。ですが一神教徒ではない日本人は、八百万の神々の微力の集積の方を信じます。

米国由来のファイナンスの議論では、冷徹に企業を売り買いしていれば神の見えざる手が万事を解決するというのですが、現実はそんなに単純ではないと感じられたのですね。

氣賀:私が大学を卒業した1994年頃にインターネットブラウザが出てきて、友人の父親が書いた60年代のアメリカ留学時代の論文を日本で見ることができた。これってすごいな、っていう感覚が自分の中にずっとありまして。

課題解決と、そのインターネットの両方に携われるのが、デジタルコミュニケーション支援だと思いついたのです。

藻谷:その中でBtoBを選ばれたのはなぜですか?

氣賀:プライベートバンクの後に9年ほど勤めた前職は、toC、toBの両方の企業にデジタルコミュニケーション支援を提供するアメリカの会社でした。そこで私はBtoB企業を担当することになったのですが、ほとんどの企業は優れた技術を持っていても、情報発信の姿勢には多くの課題を抱えていました。高度成長期には言語化しなくても売れたので、そのままずるずると来てしまった。しかし、国際的な競争が激化すると、黙して語らずは通用しません。これをどうにかしたいと思ったので、BtoBにフォーカスしたのです。

藻谷:今までBtoB企業は外に向かって喋らなくてもよかったが、突然喋らなければいけなくなった。でも、相手目線でものを考える訓練ができていないので、ポイントがわからない。そのうえ日本人は、「私、これできます」とアピールするのが得意ではない。

氣賀:日本人は控えめで、手土産を渡す時も、「お口に合うかわかりませんが……」と言ってしまう。自身を過小評価するのはもったいないと、すごく思います。

藻谷:謙虚なのはわかるけど、あなたが思っているほど実力がないわけじゃない。コミュニケーションが下手なことで損しているだけだから、喋ることについてそろそろ考えた方がいい、ということですね。

氣賀:まさにその通りです。

藻谷:すごくよくわかりますよ。

デジタルコミュニケーションの活用は緒についたばかり

氣賀:この謙虚さは、もはやDNAレベルの日本人の性質でしょう。だから押しの強いコミュニケーションが急にできるとは思っていません。

ただウェブサイトは情報を置きさえすれば、検索で見つけてもらうのを待てば良く、日本人でも使いこなせる情報発信のスタイルだと思うのです。BtoBはBtoCと比べて一商品当たりの情報量が多いので、たくさんの情報を扱えるデジタルコミュニケーションとの親和性も高いのです。

藻谷:そのように気が付かれてイントリックスを創業されたのですね。

氣賀:私たちはコンサルティングした後に、実際にウェブサイトに落とし込みます。ウェブサイトは組織を投影するのでその設計プロセスで、組織の問題に気付くことも少なくありません。

それをきっかけに商品体系の整理など、根本に遡っての業務改革に繋がることもあります。

藻谷:まさに、プロフェッショナルが求められている分野ですね。お客さん側のデジタルコミュニケーションへの理解はどう変わってきましたか。

氣賀:BtoB製造業の理解が高まってきたのはこの10年です。今は、カタログのような公開情報をウェブサイトに載せるのがようやく終わった。そんな感じです。

藻谷:ようやく端緒に着いたというところですか。

氣賀:数十から数百種類のカタログ情報が掲載され、時間や居場所を問わず情報を入手できるようになりました。ただ、それは利便性の向上であって、今まで手に入らなかった情報が得られるようになったわけではありません。

藻谷:それだけでは、デジタルコミュニケーションの使い方としてもったいないですね。

氣賀:インターネット以前にはスペースの問題で出せなかった情報も、ウェブサイトに出すべきです。ただし、そこまでやると大きな取り組みになります。その点は残念ながら、製造業の上層部の理解を十分に得られていません。

今のウェブサイトは小綺麗だし、必要なシステムも導入済み。もう割といいレベルにいる、というのが上の方の意識じゃないでしょうか。

藻谷:現状は、紙情報を磁気情報に移し替えただけでOKだと勘違いをしてしまっている。

氣賀:そうです。インターネットの特性が生きてくるのはその先なのに。

量を極めるアメリカ、質を極める日本

藻谷:氣賀さんが上梓された『BtoB製造業のコミュニケーション革命』で触れている大リーグのMLB.comの例えは絶妙ですね。これまでのメディアでは提供しえなかった膨大な統計データとあらゆるプレイ動画を、誰もが自分の好きな切り口で見ることができる。あれはまさにアメリカ軍の思考法。アメリカ人は、第二次大戦でそうしたように、精神論よりも物量、生産よりも流通(ロジスティックス)が好きなのです。

スーパーマーケットに行けば、誰がこんなに買うのかというくらいたくさんの品揃えがあり、それらが系統だって整然と並んでいる。まさにMLB.comみたいなことこそ、実はアメリカ文化が持つ力なのです。

氣賀:それは面白い見方ですね。

藻谷:MLB.comのおかげで、多くのジャーナリストが過去に遡り、大量のマイナーな記録を次から次へとひっくり返せるようになった。すると、大谷がホームランを打ち、盗塁を決め、三振をするたびに、これが何年ぶりだとかチーム記録だとか、記事や話のネタに使えて盛り上がる。

そのように、データマイニングする記者やマニアに、使えるネタを提供したことで、ウェブ空間におけるMLBへの言及がどんどん増えますよね。それが、他のスポーツに比べて低迷していたMLBの人気上昇に貢献している。膨大なデータを用意したことが、間接的にMLBのプレゼンス向上に繋がっているのです。

氣賀:情報があるほど、反応する人も増えるわけですね。

藻谷:対して、日本人は量よりも質を重視します。とにかく「道」を極めるのが好きなので、一生懸命ファインチュー二ングして、結果的にはそれが極めて精巧で他が真似できないとんがった商品にもなるわけです。どちらも、国民的な個性ですね。

ただ、アメリカ人がやっていることが経済的に合理的である部分では、真似をした方がいいのですよ。逆に「道」の追求っていうのはそう簡単にはできないので、日本人だけ両方できるようになったら強い。

今日本において必要なのは、質を追求するBtoB企業が、自社の情報をきちんと棚卸しして、それを顧客がどう活用するかを観察することも通じて、自社の優れた点を自覚できるようになることです。かつては使いきれなかった膨大な情報に価値を見出したMLB.comを見習えとは、言い得て妙ですね。

氣賀:ありがとうございます。要はもっと情報を出せるよねということですが、その一方で、ウェブサイトやSNSなどの顧客接点は格段に増えている。出す情報をきちんとハンドルしようとすると、相当システマティックに考えてやらないと、ごちゃごちゃになって大変なことになります。

己の価値に気づくことが出発点

藻谷:それにしても、日本のBtoB企業のすごさは日本国内でも十分には知られていません。私はそのことに怒り狂っています。今や日本の輸出はドルベースでも円ベースでもバブル期の2.5倍以上ありますが、その多くがBtoB企業の製品である、製造機械、ハイテク部品、高機能素材です。ところが数字も現場も見ずに「日本の競争力は地に落ちた」と語る人の多いこと。彼らの頭の中は昭和のままで、電気製品や車といったBtoC企業しか思いつかないのです。

氣賀:まず、BtoB企業自身が引き合いに依存してきたために、自分の価値に気付いていないことが大きいです。自分でわかっていないことは、周りはもっとわからないでしょう。

また、扱ってるものが理解しにくいというのもあります。自分が車持っていなくても車の利用者ではあるのでBtoCの商品は想像しやすいけれど、BtoBは分からない。分からないと視野に入らない。

藻谷:心のバリアですね。日本人が得意な分野であるにもかかわらず、それに対して日本人が心のバリア閉ざすってほんともったいない。

氣賀:それから先ほど述べたように、とにかく日本人は卑下したがるので、自分の良いところを評価しないところもあります。

そして何より、日本人には相場感がないとも思います。

藻谷:確かにありませんね。ラーメン1杯3000円に怒り出す。

氣賀:モノの価値は、買い手とか外部環境の中で決まっていくものじゃないですか。

藻谷:そうです。相場感がないので円安にしないと売れないと言う。でも、プラザ合意から2012年までの間、右肩上がりに円高になった時期に、日本の輸出はドルベースで4倍に増えました。しかるにその後、1ドル80円から141円へと円安になった去年までの間に、輸出はドルベースでは微減傾向にあります。つまり円安になると輸出が増えるとか、円高だと輸出が減るということは、現実として起きていないのです。

理由は、そもそも安く売りすぎているから、少々円高で値上げしても売れるということ。それをわからずに円安に快哉を叫ぶ人の多さは、もはや病的です。

氣賀:私もそう思っていて、同じBtoB製造業で比べると、海外企業のほうが利益率は高い。それはラーメンの話とも通じるのですが、ここまで価値があるのだったら、もっと高く売りましょうということです。やっぱり情報をもっと出して、技術の革新性や希少性なりが伝わるようにすれば、より堂々と、高く値付けできると思うのです。

藻谷:客目線で物を見て、己の持つ価値に気づいて情報を出し、それに応じた顧客の反応に勇気を得る。その循環で誇りも生まれますし、「もっと稼いで投資して、その価値を維持しなければ」という危機感も生まれます。今のような値段で売って、円安を喜んでいるようでは、いつまでもするべき投資ができません。

氣賀:自分の価値に気付く。すべての出発点はここにありそうですね。

日本化する世界と評価される日本

藻谷:ただ、そうした奥ゆかしい日本文化に対する評価が世界的に年々高まってきているとも、私は感じているのですよ。中身が伴わない自己宣伝ばかりの企業も、だんだんに淘汰されていく方向になるのではないでしょうか。世界は、ゆっくりゆっくりですが、いろんな意味で日本化(ジャパナイズド)していくのではないかというのが、密かな見立てです。

氣賀:わかる気がします。例えば中国人はわちゃわちゃしてるイメージがありましたが、上海とか大都市の人たちは随分洗練されてきています。衣食足りて礼節を知るように、社会が高度化すると控えめになっていくところがありますよね。

藻谷:そうです。そして社会の高度化に加えて、世界中が日本化していかざるを得ない最大の理由は、鎖国時代に日本が経験した国土と資源のリミットが、今や地球規模で見えてきたということではないでしょうか。

21世紀初頭の経済は、中国の発展に引っ張られました。ですがその中国も成熟し、次の玉はインド、さらにアフリカと、だんだん小粒になっています。おまけに地球温暖化などの環境問題で、発展の物理的な限界も見えてきました。こうなると、関東を開発し終わった江戸時代の日本がそうなったように、先進各国も、諸々ファインチューニングを繰り返しつつ、経済よりも文化を伸ばしていくしかない。

時代劇ドラマの「SHOGUN 将軍」が、ディテールを含めて今改めてアメリカ人にうけた背景には、そのような潜在的な変化もあるのではないでしょうか。

氣賀:日本的なものが理解されるようになってきたのですか。

藻谷:実力があっても謙虚なサムライスピリットに、シンパシーを感じるアメリカ人も、少しずつ増えているのでしょう。

大谷も実力と謙虚さを兼ね備えていますよね。金のためでも、目立つためにやっているのでもない。誰に対してもフラットで礼儀正しい。その彼が一番活躍して稼いでいるというのでは、ぐうの音も出ません。

その結果、少なくないメジャーリーガーのふるまいが、少し上品で謙虚に「大谷化」していませんか。これこそが、日本化の先駆例でしょう。

氣賀:繊細な部分であったり、礼儀や丁寧さっていうのが、一見無駄に見えるかもしれないけれど、日本人化によって少しずつ理解されるようになってきている。

機械と素材、それからハイテク部品は、世界で高いシェアを誇っています。そこには繊細の積み重ねによる相当な蓄積があるので、他が簡単に真似できるものではありません。

藻谷:BtoBのものづくりは、「道」を極める文化を持つ日本人にやらせておいたほうが安全安心。価格以上に定性評価で日本のこの会社から買った方がいいという分野が、数多くあります。彼ら「製造業界の大谷」も、もっとビッグマネーと名声を手にしていい。大谷のように心が真っすぐなら、それで品質が落ちたりはしません。

氣賀:そのように、日本の製造業に対しての環境がいい方向に変わってきている今こそ、製造業も自分の価値を言語化して、時機を逃さず情報発信しなければなりませんね。

藻谷 浩介 株式会社日本総合研究所 調査部主席研究員

東京大学法学部卒業。日本総合研究所 主席研究員。平成合併前3200市町村のすべてと海外137ヶ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握。2000 年頃より、地域振興や人口成熟問題に関し精力的に研究・著作・講演を行う。近著の『誰も言わない日本の「実力」』(毎日新聞出版)のほか、『デフレの正体』、『里山資本主義』(共にKADOKAWA)、『金融緩和の罠』(集英社)など著書多数。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米投資銀行にて、日本およびアジア株のアナリストを務める。海外インターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。近著は『BtoB製造業のコミュニケーション革命』(東洋経済新報社)。

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