顧客以上に顧客を知り、提供価値を最大化するキーエンス。BtoB製造業はウェブサイトを使い倒して顧客を知るべし![前編]

キーエンスの企業価値は顧客の利益を上げること
氣賀:以前からキーエンスに注目しており、延岡先生の著書「キーエンス 高付加価値経営の理論」を、何度も頷きながら読ませていただきました。
延岡:ありがとうございます。キーエンスのような会社が増えればGDPも大きく増えるので、日本にとっていいことです。氣賀さんはキーエンスのどのようなところに興味を持たれたのですか?
氣賀:私は90年代後半に株のアナリストをしていたのですが、40%という利益率に衝撃を受けました。日本の製造業の利益率は平均で5%ですから、異常な数字です。それだけでなく、当時の売り上げが1000億円にも満たなかったのに対し、10倍以上の1兆円となった現在の利益率は50%とさらに上昇しているのです。どうすればそのような数字が出せるのだろうと。
延岡:キーエンスらしいエピソードがあります。営業担当が紹介した新商品の性能に驚いた工場長が、すぐに5つほしいと言ったそうです。でも、営業担当はその工場のことをよく知っていました。30万円の商品を5つ購入してもらうのはもちろんうれしいのですが、そこではその支払額に対して費用対効果が高くないことがわかっていたので、お断りをしたのです。
氣賀:買いたいと言われても売らない。それであの利益率が成り立つとは驚きです。
延岡:その商品を購入する顧客が、それでどれだけ儲かるのか。キーエンスの関心はこの一点にあります。顧客の利益を上げることがキーエンスの価値になるわけです。業務効率が高まるなどして得る利益が大きくなるのでしたら、顧客は喜んで対価を払います。この軸がぶれなければ、売り上げが大きくなっても利益率は変わりません。今の好業績は、顧客にとっての効果がものすごく高いということを示しています。こう言葉にすると、企業としては当たり前のことですよね。ただ残念ながら多くの企業では、それがなかなかできていません。
氣賀:その当たり前なことを徹頭徹尾やれていることがすごいと思います。
延岡:キーエンスの創業者で取締役名誉会長の滝崎さんは、BtoB企業にとって何が大事なのかをずっと考えてこられました。そして、会社が小さな時から顧客へ業務改善提案ができるプロ集団をつくることを目指してきたのです。営業も、最初から現場のニーズとか困りごとだけを聞いてもダメだと常々言っています。
氣賀:確かに先ほどの「5つ欲しい」もニーズではありましたが、顧客自身を利さないから売らなかったわけですよね。では、どうすればそのようなことのできるプロになれるのでしょうか?

顧客以上に顧客のことを知ることが第一歩
延岡:プロになるためには、顧客のことを徹底的に知ることが肝心です。例えば担当商品がセンサだったら、そのスペックを覚えるだけでは不十分で、顧客の製造現場で、その前工程から後工程までをしっかり見て理解することが必要です。もちろん製造に至る前の商品開発も、プロセス全般について調べます。
BtoBは企業が相手ですから、当然コンサルティングができなければなりません。社員それぞれがプロを目指すのは、優秀なコンサルティング能力がないと大きな提案ができないからです。
氣賀:理想はそうだとしても、コンサルティングができるレベルまで顧客を理解することは簡単ではありません。
延岡:私もキーエンスのある部長に「我々の営業は入社3年で一流のソリューション提案ができるようになりますよ」と言われた時、思わず「そんなことはないでしょう」と聞き返したのですが、話を聞いて納得しました。カギは事業部制にあります。
氣賀:分野を限定しているからできるということですか?
延岡:そうです。事業部で扱う画像センサを、半導体や工作機械などの用途まで絞れば、3年間もあれば少なくとも10社の顧客の現場に通えます。その10社に何度も出向いてプロセス全体を聞き出し、今までどのような問題があったか、それをどのように解決したかなどを聞き出す。こうしたことを徹底してやれば、その画像センサに限っては、入社3年目の新人でも世界で一番よく知っている人間になれますと。
氣賀:製造業全般が対象だと理解するのも大変ですが、そこまでフォーカスできれば誰も経験していないレベルの観察ができますね。
延岡:こうして11社目の顧客には、「御社にはこういう問題がありませんか?」「あるとしたら、我々の画像センサをこう使えば解決できますよ」、と提案できるようになる。すると顧客はとても喜んでくれるし、信頼もしてくれます。
その結果、キーエンスは今では、何万社という顧客の現場で、商品開発プロセスを含めてどういうことをすれば、どれだけの人や時間を減らせるかということをすべて理解しています。
氣賀:地味な努力の積み上げが、大変な競争力に化けましたね。
延岡:ほとんどの企業は売り上げを重視しますが、キーエンスは専門家集団による顧客への大きな価値提案を最優先としてきました。何より社員全員がそこを向いているのです。
氣賀:現場を知ることがプロ集団としての源泉だと思うのですが、そう簡単に現場に入り込めるものでしょうか?
顧客の懐に入り込むための戦略とは
延岡:滝崎さんが1番最初にやったのはそこです。どうやったら顧客が喜んで社内の情報を話してくれるようになるかを考え、営業が活用できるように簡単なソリューションをすべてメニュー化したのです。ガラスを使った製造工程には必ず静電気の問題があるはずだから、こうやったらいいのでは、と。そういうちょっとしたソリューションを新入社員が話すと、「お前、若いのによく知っているな」となり、徐々に関係が深まっていくのです。
氣賀:分野をフォーカスし、提供するソリューションも簡単なものに細分化する。たしかにそうすれば、若手でも短期間でものにすることができそうですね。クイックウィンを積み重ねることで、自信もつきやすい。
延岡:そうしながら情報を得ることで力をつけて、またほかに当たるのが、キーエンスのやり方です。どうやったらそこまでの情報をもらえるようになるかということが、徹底的に考え抜かれているのです。
氣賀:顧客にとって役に立つ情報をメーカーが提供してくれれば距離が縮まるし、そうすれば今度は、良い提案をしてもらえるよう顧客がメーカーに情報をくれるわけですね。
延岡:顧客の立場に立つとわかることですが、提供してほしい価値とはコスト低減などで利益が上がることです。その製品に新しい機能があったとしても、それが業務改善にすぐに役に立たないのであれば、関心は持ちません。どうやったら顧客の利益がどれだけ上がるかということもわからずに、「我々は顧客のニーズを最重要視し、顧客が本当に喜んでもらえる商品を……」などと言いますが、では、何を持ってニーズと言っているのですか? という話ですね。
氣賀:優秀な営業は顧客の利益を第一に考えていると思いますが、それを全社的にできている会社はほとんどありません。
延岡:各事業部が経営のやり方に合わせて、常に顧客の事業が良くなることを考えています。それぞれの事業部が販売促進部という戦略部隊を持ち、そこが世界中の顧客に何が求められているのか、何を求めているのかを分析しているのです。「顧客により多くの価値を提供する」という目的がはっきりしているからできることです。
氣賀:企業として本当に当たり前のことに過ぎないのですが、それを全社に浸透させたところが見事です。

キーエンスにできることは、果たして難しいことなのか
延岡:それがどうして難しいのか。日本の会社は歴史的に売り上げを増やすことだけを目的に大きくなってしまったんですね。プロ集団として顧客に価値を提供する視点を持たないまま大きくなってしまった。繰り返しますが、キーエンスは滝崎さんが創業以来、プロ集団に徹することを突き詰めてきたことが大きいです。そういう取り組みをまったくやらずにきた会社は、すべてを一挙に変えることは絶対に無理です。まずは突破口的に一部だけを変えてみて成功事例になったら、そういう経営に舵を切るのがいいと思います。
氣賀:企業として当然のことを、長年愚直に追求してきたことがキーエンスの強みであり、他社がおいそれと真似できない点なのかもしれません。
延岡:キーエンスはリーマンショックの時に約2,000億円あった売上が約1,300億円まで減りました。それでも営業利益率は40%を超えていたのです。キーエンスの顧客何社かにその辺のことを聞きに行くと、「リーマンショックの時、我々潰れかけたんですよ。それで一番にやったのが、キーエンスさんに相談することです」と異口同音に言います。このように、「困った時のキーエンス」という顧客はかなりいて、「キーエンスが提案してくれるのなら我々は潰れなくて済むので、借金してでも購入を進めた」と話していました。
氣賀:そこまで頼りにされるとは、営業冥利に尽きますね。キーエンスが、顧客の利益に貢献する企業と認識されていることを示す象徴的なエピソードです。
延岡:キーエンスは誰もが対等な立場で意見やアイデアを出すことができます。給料も個人の業績評価が主体ではなく、会社の業績が毎月全員に反映されます。つまり、会社がチームとしてまさに一丸となっていると。こうした社風が社員のモチベーションを高め、高邁なプロ意識を育むのです。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米投資銀行にて、日本およびアジア株のアナリストを務める。海外インターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。近著は『BtoB製造業のコミュニケーション革命』(東洋経済新報社)。
延岡 健太郎 同志社大学 特別客員教授
一橋大学/大阪大学/神戸大学 名誉教授
大阪大学工学部卒業。マツダ株式会社で商品戦略を担当後、マサチューセッツ工科大学(MIT)でPh.D(経営学博士)、MBA(経営学修士)取得。神戸大学経済経営研究所教授、一橋大学イノベーション研究センター長・教授、大阪大学経済学研究科教授を歴任。著書は『キーエンス 高付加価値経営の論理』のほか、『アート思考のものづくり』、『価値づくり経営の論理』、『MOT(技術経営)入門』(すべて日本経済新聞出版社)。
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日本の製造業は一流の技術力を持ち、成長し続けていると話すエコノミストの藻谷浩介氏。デジタルコミュニケーションを手掛ける氣賀崇はその指摘に深く頷き、足りないのは自身の価値の認識だと断言する。二人が語り合った、日本の製造業を取り巻く情報発信の現状と提言。
