氣賀:顧客の利益を考えることは全企業が目指すべきであり、その実現も「当たり前のことを愚直に追及する」しかありません。しかし、延岡先生がおっしゃるように、BtoB企業がキーエンスのようなやり方を一気に真似することは難しい。では、どうすればいいのか。大事なのは「顧客を知る」ことですから、その顧客と直接やりとりできるウェブサイトが、顧客視点を養うきっかけになりうると思っています。
延岡:ウェブサイトを中心とするデジタルマーケティングは手段であって、問題はどんな情報をどう置くかではないでしょうか。
氣賀:同感です。例えばプラントのオートメーション技術を展開している米エマソン・エレクトリックは、30年分のマニュアル・アーカイブをウェブサイトに置いています。そうすることで、マイナーすぎてすぐには入手できないと思っていた情報を、顧客は困った時にぱっと手に入れられる。これは1つの大きな価値です。
延岡:氣賀さんの著書で触れられている米農機メーカー、ジョン・ディアの部品ECも、顧客の利益を一生懸命上げようと機械のダウンタイムを減らそうとする試みです。顧客のオペレーションが止まることは、最悪なわけですから。
キーエンスが創業以来やっている受注商品の当日出荷も、工事のいらない流量センサもそれに当たります。多くの顧客は、自分たちのオペレーションがストップする時間を10分でも減らしたいと思っているのです。顧客にとっての困りごとは、顧客のコストを上げる要因になるので、解決につながる情報や機能のネットでの提供は、確かに意味のあることです。
氣賀:顧客10社の現場に出向くキーエンスのアプローチと比べると、受け身ではあります。ですが、ウェブサイトにどんな情報を置くかを考えることは、顧客の困りごとへの想像力が問われます。一足飛びにキーエンスになることは不可能ですが、顧客の利益を考えることはすべての企業が身につけなければならない。ウェブサイトを通じた顧客とのコミュニケーションは、顧客の利益を考える小さな第一歩となるのではないでしょうか。
延岡:その時に欠かせないのが、企業のウェブサイトの担当者も顧客のオペレーションを理解して、どういう情報を載せれば喜ぶかを考えることです。
例えば、普通1日かかる業務や修理が半日でできる商品を開発する場合、キーエンスはそれによって、大きな経済的価値が享受できる顧客がどれくらいいるかを調査します。同じ業務改善でも、コスト削減や売り上げ増加にどれほど結びつくのかは、顧客の使用方法や目的によって全く違うからです。しかも、十分に効果が出る30社の顧客の事例を持ってこないとその企画は通らないのです。業務や修理の時間を短くすることが、どれだけの価値を持つのか。そしてその価値は普遍的なのかをきっちり調べることが求められます。
氣賀:ジョン・ディアは、「おいしいとうもろこしのための土づくり」とか、「ハリケーンに負けないためには」という、自社の農機とは直接関係のない情報提供を100年以上続けています。顧客である農家がほしい情報とは何なのかを突き詰めた結果です。キーエンスも、ウェブサイトの中では自社商品の訴求を行なわずに、「静電気ドクター」とか、「流量知識.com」と言った基礎知識をテーマ別に載せていますね。
延岡:顧客に有益な情報として載せているのでしょう。
氣賀:そのようなことを調べようと思っても、生産現場に即した解説書は普通の本屋に置いてないわけですよ。だから、BtoB製造業の基礎知識はウェブサイトで調べる。すると、キーエンスのウェブサイトにたどり着く。学びの始めからキーエンスと接点ができて、そこで知識を得ることで、顧客は成長し利益を生み出すし、キーエンスの存在感も大きくなっていく。顧客に有益性を提供することを徹底的に考えたウェブサイトなのです。
延岡:ウェブサイトはあくまで手段ですが、氣賀さんのご指摘のように、顧客の利益を上げる情報提供に徹することができれば、大きな可能性が潜んでいるかもしれませんね。
氣賀:手段にすぎないということは、生かすも殺すも企業次第です。ただ、インターネットは顧客と直接コミュニケーションできるツールです。顧客の利益になることをしたいと考えている企業は、必ずこの特徴に注目しています。販売代理店や商社を挟むことが多いBtoB企業にとって、顧客と直接やりとりできる貴重なチャネルだからです。
延岡:だとすると、すでに顧客志向の強い企業がデジタルマーケティングをより活かすので、顧客志向の弱い企業との差はますます開くのではないですか。キーエンスは20年も前からコストダウンの事例を最重要コンテンツとして、ウェブサイトに掲載していました。
氣賀:するどいご指摘です。顧客志向の強いキーエンスは、ウェブサイトの使い方も非常にうまい。BtoB製造業のポータルを運営したり、データ分析を外販したり、今度はECも始めるなど、自身の事業領域とインターネットの特徴を見極めることにも優れている。「顧客の利益になるか」という視点が徹底しているため、その目的にかなうなら動きが柔軟で素早い。
一方、顧客志向の弱い企業は、商品のスペック中心で、顧客の利益に直結するような情報がなかったりするので、両者の差がかえって開いているのは事実です。