日本の中小製造業の課題とデジタルコミュニケーションが果たす役割[前編]

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長/内原 康雄 株式会社NCネットワーク 代表取締役社長

日本初の工場検索サイトが生まれた背景

氣賀:BtoCの情報が中心だったインターネット黎明期からBtoB製造業に着目して立ち上げた『エミダス』は、いまや日本の中小製造業に欠かせない情報プラットフォームです。慧眼としか言いようがありません。

内原:ありがとうございます。私のバックボーンをお話ししましょう。実家が建築系の工場を営んでいた関係から、継ぐ前の修行として中小の町工場に就業することになりました。ここでの経験がすごく良かったです。

氣賀:ご自身も中小製造業にいらしたのなら、すべてが今に活きているのでしょうね。

内原:1社目がいすゞ自動車系のプレスメーカーで、自動車の板金20kgぐらいの材料を持ち上げてプレスしていました。夏場は特に大変で、工場内は45度にもなるので、塩を舐めながら汗だくで仕事をしていました。3か月もすると筋肉ムキムキでした。

本当に面白くなってきたのは2社目の吉野電機になります。ここは1社目とうって変わって、1/100とか5/1000mmを求めるような超高精度製品を作っていました。セイコーエプソンのインクジェットプリンターが飛ぶように売れたことがあったのですが、その背景に同社の技術がありました。1mm角のところに穴を200個ぐらい開けるプレス技術で、競合メーカーには、こういった技術を持っている会社がなかった。最終製品の品質が自分たちの金型技術によって大きく変わることを知り、やりがいを感じたのがこの時でした。

そして3社目で父の工場である建築系の内原製作所に戻りました。

氣賀:中小製造業で働いた経験があるのみならず、領域の異なる3社だったからこそ、業界に広く関わる今の内原社長があるわけですね。

内原:建築・自動車、家電と3社経験できたことでプレス業界を少し俯瞰的に見る力が養われたかなと思います。自動車だけだとわからないことがありますから。

氣賀:そしていよいよNCネットワークの設立、でしょうか。

内原:はい、そうです。インターネットが始まった当時、ITに詳しい友人から「これは面白いぞ」と言われました。私は内原製作所の専務取締役だったので、時間のある時に使ってみたら、確かに面白い。そこで色々と試している時に葛飾区若手産業人会に所属していた創業期メンバーで優秀なプログラマーの工藤純平と出逢い、ウェブサイトを立ち上げたのです。

ただ最初から工場のサイトではなく、仕事の合間に料理のサイトを作ることから始まりました。内原製作所で働いていたパートさんが昼休みに、Lotus1-2-3で料理のレシピを打ち込んでいたんです。そこでこのレシピをネットで作ったら売れるのではないかというのがはじまりで、他にも映画検索できるようなデータベースを作ろうとか色々やっていました。

氣賀:当時はメーカーのウェブサイトにも国内支社のご当地案内などがあり、のどかな時代でした。どんな情報を扱えば良いのか、みなさん模索していましたね。

内原:そうこうしているうちに、本業である金型製造で必要とされるネットワークに着目しました。当時はプレスの仕事発注先を探す際、組合の先輩や同業の仲間に聞いたり、電話帳で探したりして、どういった製作所なのか調べることが多かったのです。あとは展示会ですね。そこにインターネットが登場したので、ここで調べることになるだろうとは想像ができました。

そして私が所属していた東京都の金属プレス工業会、日本金属プレス工業会、日本金型工業会、友人が加盟していた工業会。東京都の中央会青年部など、今まで知り合った方々の名刺やパンフレットを集めて約200社のデータベースを作ったのです。これが『エミダス』のベースとなっています。

氣賀:この時はまだNCネットワークとしてではなく、あくまで内原製作所もしくは個人の活動として取り組まれていたのですか。

内原:いえ、製造業のデータベースを作ったのをきっかけに助成金をいただいて、1997年からNCネットワークグループを発足しました。ただ当時は法人化するつもりもなく無償で提供していましたが、実際にやり始めてみたら結構評判が良く、1998年に法人化しました。

コンテンツの内容が実際の現場の方々に使われるようなものだったことが当時としては珍しかったと思っています。それで、会社としては4年目に黒字になり、有料会員制度を開始しました。今、日本では約15,000社に入会いただき、ベトナム、タイでは約8,000社、中国では約20,000社に入会いただけています。
※日本-中国の間でお互いのデータベースを閲覧することはできない

氣賀:最適な中小製造業を見つけられる工場検索エンジンは、こうして作られてきた訳ですね。今では、日本の中小製造業に欠かせないプラットフォームとなりました。

内原:弊社の『エミダス』は、製造業のポータルサイトで、特に加工関連の情報は皆さん発信してくれています。FacebookやInstagramなどで発信しても、見ている方々はほぼ素人の方になります。結果的に仕事には結びつき難いので、『エミダス』で情報発信すると、間違いなく製造業の人が見てくれて仕事につながるよというのは、普段からお話ししています。

『エミダス』会員企業でトップクラスだと毎月100件以上の問合せがありますし、世界中から問合せのある企業もあります。米国を代表するEVメーカーと取引が始まった例もあるんですよ。このサービスをうまく活用いただいている企業はケイレツからの脱却を進め、独自のビジネスモデルを作ることに成功しています。

今は他にも製造業のポータルサイトがありますが、部品加工業の人たちとの取引に関しては、自信を持って営業させていただいています。また今年、本田技研工業さんから2025サプライヤーアワード「優良感謝賞 品質部門」を受賞させていただくなど、Tier1としての実績も持っています。

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日本の中小製造業の現状と課題

氣賀:日本の製造業を支える様々な企業を見てきた内原社長は、今の中小製造業の現状と課題をどうとらえていますか。

内原:独自のビジネスモデルを構えている会社は強いですよね。ビジネスモデルといっても大がかりなことではなく、例えば見積もりを早く提示するとか、土日稼働するだけでも、意外と伸びている会社がたくさんあります。弊社のお客さんはそういう強い会社が多いのが現状です。

氣賀:差別化された技術に限らずとも、何がしかの特徴を持っているからこそ、『エミダス』を使って自分たちのことを情報発信することがうまく成果に結びついているのでしょうね。

情報発信含め、柔軟に振る舞える会社というのが、結局は生き残っているんだろうなとは、私もいろんな企業と仕事をしていて強く感じるところがあります。

内原:ただ全体を見ると足元は悪く、特に2024年から2025年にかけて本当に状況は厳しいですね。

氣賀:それはよく言われているEVシフトの加速が要因ですか?

内原:おっしゃる通りEVシフトも若干ありますが、他にもいくつかあって、その1つは金型の面数が減っている点です。今、ギガキャストのようなものが登場し、製造メーカーでの金型の共通化・パーツの共通化が進んでいます。そうなると当然設備費も少なくなり、工作機械も買わなくなるので去年から今年にかけて、落ちてきていますね。このようなことが複雑に重なって全体的に少なくなっているのはありますよね。

また設備で言うと、治具を3Dプリンターで作れるようになりましたので、今までは機械加工や板金屋に出していたが、3Dプリンターを使って自分達で作ってしまうということがどんどん当たり前になっている。

今は大きな技術革新の波が来ているので、あと数年厳しい状況が続くのではないかなと思っています。

氣賀:課題についてはいかがでしょうか。今お話しいただいた変化への対応もその一つだと思いますが。

内原:私が中小製造業に思うのは、1社依存をやめた方がいいということです。『エミダス』を利用してくださる会員企業も、ケイレツを脱したいところが多い。

ある電子部品メーカーに9割を依存していたばね屋さんが、中国への工場移転でもう仕事を出せないと言われて廃業したり、2000年にはカルロス・ゴーンが来て、日産自動車の村山・座間工場が閉鎖され、私の知り合いが5、6社倒産してしまいました。

一方、その時代をうまくくぐり抜けた大阪近辺の会社は『エミダス』の利用率上位に入ってきています。なぜかというと、大阪はパナソニック・SHARP・三洋電機への依存率が非常に高い地域だった分、もともと個々の会社は他の地域にも出ていかざるを得なかった。そこで名古屋営業所や関東営業所を出して、愛知と関東からお仕事を受注していたのです。今では関西の仕事は2-3割でしかありません。

ケイレツの仕事は、すでに赤字なのに毎年恒例の5%のコストダウンを言われることがある。自動車の自動車業界・ケイレツ構造は、本当に疲弊をしています。でも、ケイレツを脱したうちのお客さんは逆で、利益率10-20%の会社も結構あります。

氣賀:1社依存の他に課題はありますか。

内原:町工場は機械=工数です。設備投資が必要で、生産能力にもリミットがある。初期投資が重く、かといって際限なく仕事をこなせる訳でもない。同じ加工方法を営む会社どうしで、もっと横連携すべきだと思います。

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チャレンジする中小製造業はコミュニケーションも活発

氣賀:顧客層の拡大や仕事の平準化は、とても重要なテーマです。これらを解決する上で、コミュニケーションが果たす役割とは何でしょうか。

内原:『エミダス』は、営業で使っていただくウェブサイトです。多くのお客さんは展示会にも『エミダス』にも出展されますが、中には展示会は効果がないから『エミダス』だけで十分という方もいて、ありがたい話です。

氣賀:『エミダス』を利用してコミュニケーションすれば成果が出ることが明白なのに、それでも動かない会社があるのはなぜでしょうか。

内原:社長自身が『エミダス』を通じてコミュニケーションすることのイメージを想像できないのだと感じます。

『いや、うちの会社は大したことやってないから』とおっしゃる社長がよくいますが、その認識が間違っていて、少しでもやる気になったら売れるようになるのにと、正直そう思います。

それは二代目、三代目、四代目、五代目がよくおっしゃいます。創業の人は絶対言わないですよね。私自身もそうだった本当にわかるんです。6、7割の人たちは、ここから脱出することはないと自分自身で決め込んでしまう。だから脱出出来ない。

でも、少しの希望を持って、『今年は2社お客さんを増やそう』『来年3社増やそう』…そうすると10年間で約30社が増えるじゃないですか。希望を持ってやってみると多分できちゃうんです。

氣賀:同感です。私もBtoB製造業とお話しすると、自己評価が低くてもったいないと感じることがよくあります。本当はもっといろんなことができるはずなのに。

内原:ものづくりだって同じで、かえって素人の方が柔軟な考えができたりします。下手に技術を知っていると考えが凝り固まって出来ないみたいな話になる。なので、そのような観点からも日本の製造業は変われるし、変わらなければいけないと思うんです。

氣賀:技術力を磨くというのは基本的に製造業としてやらなくてはならないことですが、先ほどお話しがあった見積もりを早く提示するとか、土日を稼働するなど、技術以外のところでのお客様とのコミュニケーションのあり方も同様に大切なのだと思います。やる気次第で、コミュニケーションでできることはたくさんありますよね。

内原:新しいことをチャレンジしようと動いているのは、30歳前後から40歳ぐらいが多い。だからそういう方にあったらいつも、「情報発信はいいぞ」と伝えています。中には本業を変えても良いとも考えている方もいますし、私自身も今までの仕事にこだわる必要はないと思っていて、実際にそれで変わった会社もたくさん見てきています。そういう会社は、社外とのコミュニケーションが活発です。

氣賀:外に出て行くからこそ、新しい出会いや気づきがある。よくわかります。ちなみに海外に進出している中小製造業の相手先はほとんど日本企業ですか。

内原:お客さんに言われて海外に出ていった会社と、新天地を見つけようと海外に出た会社の2パターンで異なってきますね。お客さんに言われて出て行った会社の場合は、現地の取引先は得られずに中国やタイでは撤退モードです。

ただ、自ら新天地を見つけに行った会社は、社長自身が海外に行って展示会に出展するなどした結果、現地企業の開拓に成功しています。韓国、中国、台湾企業だと話も早く受注が決まったらすぐ1億を超える取引ができるので、日本企業とは取引したくないとおっしゃる会社まであります。

氣賀:やはり、新たなお客さんや事業の開拓にどれだけ積極的かということにつきますね。

内原 康雄 株式会社NCネットワーク 代表取締役社長

専修大学卒業後、家業を継ぐためにプレスメーカー2社で経験を積んだ後、1990年に実家である株式会社内原製作所に入社。専務取締役に就任。1997年、若手経営者を中心とした製造業9社が集まり、東京都労働経済局の支援を受けNCネットワークグループを発足。その翌年には、株式会社エヌシーネットワーク(現株式会社NCネットワーク)を設立。代表取締役に就任。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米投資銀行にて、日本およびアジア株のアナリストを務める。海外インターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。近著は『BtoB製造業のコミュニケーション革命』(東洋経済新報社)。

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