日本の中小製造業の課題とデジタルコミュニケーションが果たす役割[後編]

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長/内原 康雄 株式会社NCネットワーク 代表取締役社長

日本の中小製造業の未来とものづくりの可能性

氣賀:『エミダス』を通じた新規開拓が一社依存の脱却に大きく役立つことがわかりました。ケイレツ依存を解消した会社は、他にどんなチャレンジをしているのでしょうか。

内原:テルモの元会長・中尾 浩治さんと非常に親しくさせていただいているのですが、7~8年前に、『内原さんの友達はなぜ部品ばかり作っているんだ、製品作ればいいじゃん』『ここまでできるなら製品作れるのに、部品を売り込みに行ってしまうのか、自分たちが完成品メーカーになればいいのに』とおっしゃっておりハッとさせられました。

氣賀:部品メーカーが完成品メーカーになれれば、可能性は一気に広がりますね。でも、受注してから作る部品ビジネスと、市場の先読みが必要な完成品ビジネスは異なりませんか。

内原:それが、実例があるんです。寿技研さんという従業員数10名ほどの金型屋で、社長さんはハード・ソフト・電気関連も分かる天才肌の職人なんですけど、商売は大きくはありませんでした。

その社長に、千葉大学の先生との接点から『外科手術の練習がしたい』とお話があったのです。当時、医者の卵たちは鶏肉や豚肉で練習していたのですが、衛生管理の都合で大学内でしか練習ができないし授業時間も少なく、それで人間で本番となると不安でしょうがないとのことでした。外科手術の練習が出来るようなものが欲しいと言われ、こんにゃく粉を主成分とする医療トレーニング用臓器が出来ました。その後ある程度売れるようになったところで、2018年に完全に別会社としてKOTOBUKI Medical株式会社を設立するまでになりました。

氣賀:潜在ニーズをうまく見つけて商品化できたのですね。まさに完成品メーカーの動きです。

内原:その後、私経由で中尾さんに顧問になっていただき、いろんな先生を紹介していただいた。結果的にジョンソン・エンド・ジョンソンの営業担当の方が役員に就任されるなど、取り組みは更に広がっています。

医療機器というのは絆創膏みたいなものまで含めると100万種類もあるそうです。お医者さんの現場での困りごとをよく聞いて、こんな機器があると良いのではという発想があればいろいろなことができそうだと様々な可能性を追求しているところです。

こういった事例が出てきたので今、中尾さんが完成品メーカーを自分で作るための塾を立ち上げようと動いています。

氣賀:実例があると、他の中小製造業にとっても刺激になりますね。

内原:結局、やる気のある経営者が残っていくのではないでしょうか。

他にもあります。10年前に起業した会社で、その社長は27歳の時に溶接工で起業しているんです。「なぜ溶接で企業したの?」と尋ねたら、「溶接だと30万円ぐらいで道具が買えるじゃないですか」と言っていて、製造業で一番簡単に起業できるのが溶接なのだとか。目のつけどころがいいですよね。

その彼はすごくて、起業から2年で20名くらいの溶接工の会社にして、その後は他の会社と一緒に板金屋さんを作ったんです。溶接工って引く手あまたなので、創業10年の今では10億円ぐらいです。 彼は今度、水耕栽培とかそちらに興味を持っているようで、製造業を離れようとしていますけどね。

氣賀:ちょっともったいないですが、次の場でも活躍してくだされば、ポジティブな影響が広がっていきそうですね。

内原:学生時代にバイクいじりや模型製作、ラジコンなど自分で何かしらを生み出すことが好きな子っていましたよね。でも今はみな製品メーカーの組立工やライン工で取られてしまう。それでは、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)しか覚えられないです。ものづくりをしたくて入ったのに、機械をいじらせてもらえない。

でも町工場なら、道具の揃った環境で休みの日に場所と機械を借りて自分のしたいことをさせてもらえるんですよ。本当にものづくりが好きな子達が町工場に来てくれたら最高です。

氣賀:アメリカも国内に製造業を取り戻そうとしています。ウクライナ戦争でも、西洋は必要な時に十分な砲弾を作れなかった。アメリカはここ30年ITに力を入れ、製造業は海外に任せてきた。今、アメリカの民間部門の製造業従事者は8%に過ぎず、それに危機感を持っているそうです。

やはり最後の最後は物理的なものづくりだという気運が出てきた気がします。自国がものづくりの力を持っていないとまずいですよね。

内原:日本はタイ、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど東南アジアの国々としっかりやっていく必要があります。国全体として10年後には約1000万人の労働人口が減るので、残念ながら日本の工場自体が日本人だけで賄うということが難しいと思います。

私のお客さんの工場でもそうですが、溶接関連、鋳物、熱処理、建築など作業環境が厳しい現場は、外国人が仕事をしています。あと技能実習もそろそろ多分限界になってくる。現実問題として日本の人口が約1億人なのに対して、東南アジアが8億人、中国14億人、インドが15億人ですから、母数が圧倒的に大きい。これからは外国人の工場長、社長などがどんどん増えてくると思います。

氣賀:日本のものづくりはどこへ行くのでしょうか。

内原:EVや半導体のように大規模な投資が必要な領域より、ニッチトップで、毎年しっかり黒字出していくような方向性が日本人には合っていると思います。そういう会社が10万社あればいいわけです。

pic-1

ブランディングと人づくりに役立つデジタルコミュニケーション

氣賀:ニッチトップは細かく突き詰める日本人に合っていると思います。経済複雑性指数では日本は20年以上1位で、多様で洗練された商品を生み出す力のあることが証明されている。

ただ、10万の会社がそれぞれ強みを確立するには、自社のことを外に対して発信しなければなりませんね。

展示会に出るという当然リアルでの情報発信も大切ですし、同時に『エミダス』を使ったり、自社のウェブサイトやSNSなど色々あると思うのですが、こうするといいということがあれば教えていただけますか?

内原:展示会とウェブマーケティングは、両方重要です。私はいつもお客さんに「展示会に出ることを想定したウェブマーケティングやりましょうよ」と言っています。

というのは、展示会に出るとなった際、EVハイブリッド展であれば、来場されるのは自動車メーカーさんのTier1、Tier2の会社です。そこから仕事を受注するために出展するのでやるべきことは、EV系の商品の展示です。なので、そのEV系商品のカタログを作ったり、ポスターを作ったり、案内を作ったりする。そして、ウェブサイトを作って『エミダス』に掲載して集客をする。

これを他の業界の展示会でも行なっていくと、その会社のそれぞれの業界向けの強みがだんだんとブランド化されるわけです。結局、こういう形で自分たちが展示会に出る時に1つ1つ考えて、様々なメディアで横断的にコミュニケーションした方が効果的だと思っています。

氣賀:漫然と持っている技術を訴求するのではなく、業界に特化した強みで訴えた方が伝わりやすいですよね。

内原:業界切り口だけでなく、技術の切り口のブランディングというのもあります。例えば、プレスの深絞りっていうものをどうブランド化していくのか。超薄肉成形というものをどうブランド化していくのか。ステンレスの超精密な0.1mmの穴の針とかをどうブランド化していくとか。こういったことを皆さんやってますね。

氣賀:発注側からすると発注先の選択肢は多いですから、強みが明確な方が選びやすいですよね。ただ、大手と違って中小製造業は情報発信の部署がないことも多いと思います。みなさん、実際にはどうやっていらっしゃるのでしょうか。

内原:最近の話でいうと、お客さんの新入社員が『エミダス』担当になることが多いです。まだ自分の会社のことも業界のことも何もわからない新入社員が担当者になると自社製品のことを色々な人に聞いて、聞いた内容を細かくていねいに300行近くにわたって書くんですよ。

実は、製品をよく知る技術系の担当者が書くと20行程度のシンプルな文章になってしまいます。でも、読み手的にもGoogleのアルゴリズム的にもウェブ上でうけるのは前者です。そんなこともあって、弊社のお客さんは若い人が担当者になっていますね。

氣賀:よく分かります。私もデジタルコミュニケーションというのは会社そのものだと思っています。会社のブランド、技術や製品の情報、サービスやサポートの案内、発注、採用も含め、全部が入っている。ですから、新入社員など若い方に担当させると、実は会社全体のことを覚えるいい機会になるので、教育という意味でも使えますよね。

内原:そうですね。弊社の担当になると1年経過すると展示会担当となり、その方がすらすらと自分の言葉で会社のことを話せるようになるので、人材育成の観点で非常に有効だと思います。

氣賀:最後に『エミダス』の今後についてうかがっても良いですか。

内原:これまで弊社は、サプライヤー側である金型加工・プレス・板金・樹脂・鋳造メーカー向けのWEBマーケティングサービスの提供に注力してきました。
しかし近年は、試作開発や調達先開拓を目的としている、製品メーカーやものづくりベンチャーの活用をどんどん増やしています。

日本の中小製造業に柔軟であれと話しましたが、私たち自身もそうあらねばと思っています。

内原 康雄 株式会社NCネットワーク 代表取締役社長

専修大学卒業後、家業を継ぐためにプレスメーカー2社で経験を積んだ後、1990年に実家である株式会社内原製作所に入社。専務取締役に就任。1997年、若手経営者を中心とした製造業9社が集まり、東京都労働経済局の支援を受けNCネットワークグループを発足。その翌年には、株式会社エヌシーネットワーク(現株式会社NCネットワーク)を設立。代表取締役に就任。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米投資銀行にて、日本およびアジア株のアナリストを務める。海外インターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。近著は『BtoB製造業のコミュニケーション革命』(東洋経済新報社)。

Share

その他対談記事

日本の中小製造業の課題とデジタルコミュニケーションが果たす役割[前編]

2025/09/04

「うちはたいしたことない、は間違っている」。 運営するポータルサイトから米国を代表するEVメーカーと 取引きする会社が出た例に触れ、 情報発信に後ろ向きではいけないと訴える内原康雄氏。 積極的に外と接点を持つ中小企業の成功譚を氣賀崇がうかがった。

顧客以上に顧客を知り、提供価値を最大化するキーエンス。BtoB製造業はウェブサイトを使い倒して顧客を知るべし![前編]

2025/01/03

驚異的な利益率を維持しながら成長を続けるキーエンス。製造業の理想形として長年ウォッチしてきた氣賀崇が、キーエンス研究の第一人者である延岡健太郎氏を招いての対談。前編は、日本のBtoB製造業がキーエンスから学べることは何かと問う氣賀に、延岡がキーエンスの成り立ちを解説し、プロ集団を作り上げることの難しさを語る。

BtoB製造業は日本の産業界の大谷翔平。もっとビッグマネーと名声を手にしていい。

2024/11/25

日本の製造業は一流の技術力を持ち、成長し続けていると話すエコノミストの藻谷浩介氏。デジタルコミュニケーションを手掛ける氣賀崇はその指摘に深く頷き、足りないのは自身の価値の認識だと断言する。二人が語り合った、日本の製造業を取り巻く情報発信の現状と提言。

新しい時代におけるBtoB製造業の情報発信のあり方を示す著書『BtoB製造業のコミュニケーション革命』

「BtoB製造業のコミュニケーション革命 顧客接点のデジタル化ががもたらす未来」 口下手な日本の製造業の伸びしろに注目! BtoB製造業との親和性が高いデジタルコミュニケーションへの取り組みについて、20年以上の経験を持つ著者が、大局的な現状解説と改善提言を行う 詳しくはこちら