『BtoB製造業×デジタルコミュニケーション』の振り返りと現状、そして展望[前編]

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長/関口 昭如 パナソニック コネクト デザイン&マーケティング本部 デジタルカスタマーエクスペリエンス エグゼクティブ 、(兼)現場ソリューションカンパニー ヴァイスプレジデント、(兼)IT・デジタル本部 CX統括

強く印象に残った「マシンリーダブル」の意義と可能性

氣賀: 関口さんは、日本で最も長くBtoBコミュニケーションに携わってこられました。また複数のBtoB企業を経験されてきたことで、多角的な視点をお持ちです。はじめにご経歴を聞かせてください。

関口: 私は日立製作所からキャリアを始め、一貫してBtoBに携わってきました。1990年代前半の当時はまだインターネットが普及しておらず、紙のマニュアルやカタログが主流で、テクニカルコミュニケーションやテクニカルライティングに携わっていました。

ただ、その頃から情報の「電子化・オンライン化」という概念が出てきたので、EDI(電子データ交換)などデータを使った情報探索の研究を行なうようになりました。競合他社とも広く議論することができたことが、私のバックグラウンドに大きな影響を与えました。

その後1990年代後半にインターネットが普及しはじめた頃には、ウェブの仕組みを概ね理解していました。当時、インターネットを広げようとしている団体の一つでHTMLなどを標準化したW3C(World Wide Web Consortium)が、インターネット以前に自分たちが作成していた電子化フォーマットについて聞きに来るほどでした。

また、競合、自社も含めて情報を統一フォーマットにしたほうががユーザにやさしいのではという趣旨で、コンソーシアムにも参加していました。顧客は競合各社の商品を比較します。そのためには異なるフォーマットやボキャブラリーでは比較しにくい、という課題意識から始まったものでした。競合も含めたこうした議論やデジタル体験の構築が私のバックボーンになっています。

氣賀: つまり、キャリア前半のインターネット普及前はマーケティング目的ではなく、機械の情報やマニュアルなど製品・サービスの購入後に必要とされるコミュニケーションに重点を置かれていたのですね。

関口: そうです。そしてインターネット普及後は、お客様が探しやすく、正確で、使いやすい情報伝達の方法を追求していきました。この頃半導体業界から、「マシンリーダブル」という言葉を学びました。ヒューマンリーダブルなだけでなく、機械も読める再利用可能な情報形態にしておく必要がある、という考え方です。

たとえば商品の情報は、自社のウェブサイトにだけでなく、再販パートナーや顧客の所にもあります。顧客の社内の調達データベースのなかにも存在します。ウェブ上の公開情報を人間に読んでもらうだけでなく、それ以外の様々な場所にも「マシンリーダブル」なデータにして渡し、つなげることの意義や可能性は、今でも重要な考え方として強く印象に残っています。

 

コミュニケーションで大切なのは顧客への提供価値

関口: 大学は文系でグローバルマーケティングを学んだのですが、情報流通の仕組みを知りたくなり、社会人になって入った大学院では理系に転じてシステム工学を学びました。

こうして情報流通の技術的な中身が分かってくると今度は、「この商品は、誰がどんな価値を感じるのか」という提供価値に関心が移ってきました。ウェブ上の情報がきれいに整って使いやすくても、本当に大切なのは顧客にとっての価値があるかどうかだからです。それからは、デジタルコミュニケーションを行う前に、「誰向けなのか」と「他社にない独自価値」について社内で議論し、皆で腹落ちすることを重視するようになりました。

氣賀: 顧客への提供価値を見すえることと、それをどう伝えるかということを、キャリア全体で積み上げてこられたのですね。

関口: はい、その通りです。BtoBコミュニケーションはこの両輪が大切です。私のキャリアも、まさにそのような形で進んできました。

たとえ商品開発時に顧客価値が明確であっても、社内で理解されていなければ適切な社外へのコミュニケーションは生まれません。価値とコミュニケーションを整合させることはとても重要なのです。

氣賀: 現在はどのようなお仕事をされているのですか。

関口: 主な役割はパナソニック コネクトにおけるデジタルマーケティング全体の統括と、デジタルカスタマーエクスペリエンスの統括です。デジタルメディア上だけでなく、オフラインでの体験も含めてうまく融合させることに取り組んでいます。

デジタルマーケティングについて私がフォーカスする事業はその時々で変わるのですが、最近まではノートPCを支援していました。現在は、基盤に部品を取り付ける「実装機ビジネス」と顔認証システム、SCMなどの現場にこだわった「現場ソリューション」の2つの事業に注力しています。これら多様な商材に対し、価値を作り・伝えることを連携させた事業変革を推進しています。

氣賀: 実装機ビジネスや現場ソリューションは、ITの進展でこれまでの現場では見たこともない新しい施策を提供する領域ですよね。顧客が未経験のソリューションを価値あるものとして売り込むコミュニケーションは、難易度が高いのではないですか。

関口: その通りです。顧客からの「こうしてほしい」が明確な要件定義に基づいて作るのではなく、必ずしも顧客にも分からない要件もあるので、社内では「未来の要件定義も考える」と呼びかけています。例えば顔認証技術は何かに使えそうでも、多くの顧客の現場での利用実績はない訳です。この、将来を見据えた要件定義を顧客との対話から進めていくことも重要になってきています。

激変するデジタルコミュニケーションと「AIリーダブル」への進化

氣賀: インターネットが始まって30年、デジタルコミュニケーションは大きく進展しましたが、完成した状態を10合目とすると今は何合目くらいにいるのでしょうか。

関口: うーん、難しい質問ですね。昔であれば「何合目です」と答えられたのですが、AIの影響で状況が一変してしまったので、今は確信を持っては答えられないというのが正直なところです。

氣賀: 確かに、ゴールポストが動いているような状態ですよね。

関口: デジタルコミュニケーションは、AIによって大きく変わります。最近言われる「ゼロクリック」、つまりGoogle検索からウェブサイトへの流入が減少し、AIのサマリーで情報収集が完結する世界になると、カスタマージャーニーも大きく変化するでしょう。ウェブサイトへのアクセスすらAI経由になるかもしれず、インバウンドマーケティングの形も変わっていくはずです。

氣賀: 私もお客様から、企業サイトはAIの発展でどうなるのかとよく聞かれます。私自身は、企業サイトの存在は揺るがないと考えています。企業や業界に関する重要な情報源であることに変わりはないからです。変わるのはそこに人が来るのだけでなくAIも来るようになるというだけです。

仮に、もうAIにまかせようとばかりに企業が情報発信を怠れば、その企業ではない情報源が参照され世論が形成されてしまいます。情報源としての企業サイトの重要性は変わらないのではないでしょうか。

関口: まったく同感です。「マシンリーダブル」の話をしましたが、今社内では「AIリーダブル」に直しています。AIが情報を読み取る要素が非常に重要になり、正確性やフォーマットの工夫が必要になります。画像よりも文字の方が良い場合もあるかもしれません。

オウンドメディアや企業サイトがなくなることはないでしょう。大切なのは、人間が読む「ヒューマンリーダブル」とAIが読む「AIリーダブル」の両軸で考えることです

氣賀: 本当にそうですね。実務的にはSEOからAIを意識した形へと移行していくでしょうし、情報の整理の仕方や読まれやすい形も大きく変容していくと思います。

関口: 加えて企業の発する情報の相当量が今、様々な場所でコピーされて使われています。特にグローバル展開している日本企業の場合、販売代理店などのパートナー戦略が重要ですので、最近は、自社サイトで見せるだけでなく、様々な場所で情報が使われることを前提とした商品情報の構造化に取り組んでいます。

氣賀: 私が携わってきたBtoB企業の支援対象も、最初は単体ウェブサイトでしたが、すぐにグループ全体でのウェブサイト群に広がりました。パナソニック コネクトではさらにそのユニバースを広げ、ウェブサイト以外のどこかで誰かが参照することを念頭に情報を作り、トータルで管理・発信していこうとされているのですね。

関口: まさにそういうことです。

氣賀: サイト群ですら管理が大変なのに、そこまでやるのは大変ですね。

関口: 自社サイト以外の場所でも情報が使われている以上、やらない選択肢はありません。パートナーが顧客と相互理解し合うためにも、当社発の情報は必ず必要です。もちろんコーポレートサイトも参照されるでしょうが、受発注時には商品に関するもっと詳細な情報を付随させなければなりません。

だからこそ情報のエコシステム全体を考えなければいけないのですが、ただでさえ対象が巨大化しているところにAIの要素が加わったので、私もおいそれと「何合目」とは言えなくなったのです。

 

整ったデジタル顧客接点を活かしきれない理由は社内にあり

氣賀: 2025年現在、業界全般でのBtoBコミュニケーションの課題はどこにあるとお考えですか。

関口: 意外かもしれませんが、一般に進展していないのは社内コミュニケーションのデジタル基盤だと思います。対外的なエクスペリエンスは改善しているのに、社内のエクスペリエンスはまだまだの企業が多い。歴史ある大企業だと古い情報が散乱していたり、類似の情報があちこちにあったりするのが普通です。

それもあって、従業員が会社のバリューやミッションを体現できていないことは珍しくありません。外には良いことを言っていても内部が追いついていない。従業員一人ひとりがカスタマーエクスペリエンスの一部であると認識することが重要です。

氣賀: 昔に比べると企業のウェブサイトはずいぶん綺麗になりました。しかし紙カタログ以上の情報を載せられている企業はまだ少ない。本当は、紙ではカバーしきれない情報を扱えることにデジタルの意味があるのですが、その特徴を活かしきるマインドがまだ弱いのです。これもまた、立派な外面に内部が追いついていない例だと思います。

関口: 多くの日本企業で共通のもう一つの課題は、長年同じ会社にいる人が多いにもかかわらず、その人が何をできるのか、どんなプロジェクトに携わってきたのか、という個人のスキルがオープンになっていないことも多いですね。

たとえば、外資系コンサルティング会社ではそれが財産なので、個人スキルが共有され、知見を求められることで評価が上がる仕組みがあります。日本ではなんとなく恥ずかしさもあって個人のスキルがオープンになっていない。社内コミュニケーションに課題があると感じています。

 

顧客への提供価値を問い続けることがコミュニケーション担当者の役割

氣賀: ウェブサイトを活かすには、社内の情報アセットをフル活用しなければなりません。そのポイントは、社員によるビジョン・ミッションの体現や社内のナレッジのオープン化など、内部の動かし方にありそうですね。

関口: まったくその通りだと思います。そのためには、システムやソリューションだけでなく、カルチャーも非常に重要です。自部門に閉じる文化や、自身の成果を共有しない慣習を変える必要があります。これらはシステム変更だけでは解決せず、組織のカルチャー変革が不可欠です。

また、コミュニケーション担当者は「伝え方」の検討に終始せず、「顧客にとっての真の価値」を深く追求すべきです。商品アイデアとコミュニケーションアイデアは同時に発生するので、分けられるものではありません。顧客の声に耳を傾け、時には商品開発にまで踏み込む姿勢が重要だと思います。

氣賀: いろんな企業とお付き合いさせていただく中で、情報発信がルーティン化していると感じることがあります。事業部から来た情報をそのまま外に出すだけで、その内容に応じて誰にどう効果的に伝えるかまで、常に考えられている訳ではない。

だからこそ、価値を作ることと知ってもらうことは一体であるとのご指摘には深く共感します。

関口: 伝える作業の効率化だけを重視して、短期間でそれらしい原稿を出すようなことになっていては非常にまずい。プレスリリースを作る人も、誰に何の価値があるのかを問い続けるべきです。極端なことを言えば、「これはもうやめた方がいい」と提言できることさえあっても良いと思います。

氣賀: コミュニケーション担当者は顧客接点ですから、顧客に一番近いはずですよね。その観点から「この商品は受けないのではないか」という意見も出せるはずだと。先ほどの「コミュニケーションの前に、チーム内で製品・ソリューションに対する共感を確認し合う」とは、まさにこのことを指しているのですね。

関口: 弊社ではマーケティングを行なう際に、ブループリントというフォーマットを使っており、「誰に」「どんな価値を提供するのか」をきちんと決めない限り「伝え方」は検討しません。

商品開発者だけが顧客価値を考えていて、他の営業担当者はそれを知らないということが問題だったので、今は価値とコミュニケーションの整合を重視しています。ブループリントはマーケティング設計書というよりも、マーケティングの整合性を図るためのドキュメントというニュアンスが強くなっています。

氣賀: マーケティングに携わるすべての人が正しく提供価値を理解しないと、相手には伝わらないですよね。さもなければ、コミュニケーションの接点ごとに違うことを言ってしまうことになり、成果が出にくくなってしまう。

ユーザーインタビューで見えてくる多様な顧客価値

関口: 市場は常に変化しており、顧客が感じる価値は、必ずしもプレスリリースで書いたものと同じではありません。他の人には知られていない価値が沢山あるのです。一人の顧客を掘り下げるN1分析を継続的に行っていると、商品アイデアとコミュニケーションアイデアは尽きないほど出てきます。

また、競合も常に存在するため、当社の独自性がいつまで続くかも分かりません。顧客にとって「なぜ当社の商品でなければダメだったのか」を問い続けることが、コミュニケーション担当者には非常に重要だと思います。

氣賀: N1分析ですごい発見があり、チームメンバーの目が覚めたような経験はありますか。

関口: たくさんあるのですが、残念ながら公には話せないものが多いです。

ただ我々からすれば「そんな使い方ができるのか」と驚くような使い方をしている場合があります。例えば当社のPCは頑丈さとバッテリーの持ちが際立ってよいですが、顧客が評価しているのはこの部分だけでありません。これをパブリックに言うか、営業トークにするかは戦略によって異なりますが、こうした話がたくさん出てきます。

氣賀: 競合が増え、基礎的な訴求ポイントはどこも同じになる中で、多様な使い方を見つけて訴求のネタにすることは非常に重要ですね。デジタルコミュニケーションにはスペースの制限がないから、多様な使い方の訴求もいくらでも可能です。

関口: そうなんです。どの商品も基本的には時代とともにコモディティ化に向かっていくので、顧客にとって差異がわかりにくくなります。

お客様が言葉では言わない困りごとまで我々が洞察していかなければならないフェーズに来ているのです。

関口 昭如 パナソニック コネクト デザイン&マーケティング本部 デジタルカスタマーエクスペリエンス エグゼクティブ 、(兼)現場ソリューションカンパニー ヴァイスプレジデント、(兼)IT・デジタル本部 CX統括

日立に入社後、ルネサスエレクトロニクスなどのB to B製造業企業において、デジタルを中心とした、グローバルマーケティング、デマンドジェネレーション、顧客価値起点の事業マーケティングを牽引。
2018年10月より、パナソニック コネクト株式会社にてデジタルカスタマーエクスペリエンス変革およびマーケティングによる事業経営変革を断行中。博士(工学)。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米投資銀行にて、日本およびアジア株のアナリストを務める。海外インターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。近著は『BtoB製造業のコミュニケーション革命』(東洋経済新報社)。

Share

その他対談記事

日本の中小製造業の課題とデジタルコミュニケーションが果たす役割[前編]

2025/09/04

「うちはたいしたことない、は間違っている」。 運営するポータルサイトから米国を代表するEVメーカーと 取引きする会社が出た例に触れ、 情報発信に後ろ向きではいけないと訴える内原康雄氏。 積極的に外と接点を持つ中小企業の成功譚を氣賀崇がうかがった。

顧客以上に顧客を知り、提供価値を最大化するキーエンス。BtoB製造業はウェブサイトを使い倒して顧客を知るべし![前編]

2025/01/03

驚異的な利益率を維持しながら成長を続けるキーエンス。製造業の理想形として長年ウォッチしてきた氣賀崇が、キーエンス研究の第一人者である延岡健太郎氏を招いての対談。前編は、日本のBtoB製造業がキーエンスから学べることは何かと問う氣賀に、延岡がキーエンスの成り立ちを解説し、プロ集団を作り上げることの難しさを語る。

BtoB製造業は日本の産業界の大谷翔平。もっとビッグマネーと名声を手にしていい。

2024/11/25

日本の製造業は一流の技術力を持ち、成長し続けていると話すエコノミストの藻谷浩介氏。デジタルコミュニケーションを手掛ける氣賀崇はその指摘に深く頷き、足りないのは自身の価値の認識だと断言する。二人が語り合った、日本の製造業を取り巻く情報発信の現状と提言。

新しい時代におけるBtoB製造業の情報発信のあり方を示す著書『BtoB製造業のコミュニケーション革命』

「BtoB製造業のコミュニケーション革命 顧客接点のデジタル化ががもたらす未来」 口下手な日本の製造業の伸びしろに注目! BtoB製造業との親和性が高いデジタルコミュニケーションへの取り組みについて、20年以上の経験を持つ著者が、大局的な現状解説と改善提言を行う 詳しくはこちら