『BtoB製造業×デジタルコミュニケーション』の振り返りと現状、そして展望[後編]

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長/関口 昭如 パナソニック コネクト デザイン&マーケティング本部 デジタルカスタマーエクスペリエンス エグゼクティブ 、(兼)現場ソリューションカンパニー ヴァイスプレジデント、(兼)IT・デジタル本部 CX統括

ひとくくりにしては語れないBtoBマーケティング

氣賀: 日本のBtoB企業の間でも、マーケティングの重要性が広く認識されるようになってきました。

関口: BtoBと一言で言っても、その中身は非常に多様です。私はそろそろそのBtoBマーケティングの中身を区別して議論することが必要になっていると感じています。

完成品やITソリューションのように分かりやすい商材と、部品や素材のような一見何に使用するのかがわかり難い商材を同じ枠で語ることは本来できないはずです。後者は受注に10年かかる場合もあり、購入・解約が容易な前者とは特性が大きく異なります。

また、マーケティングという言葉が多義的であるにもかかわらず、多くの人がひとくくりに使用しています。営業企画や経営企画担当者の中にもマーケティング的な業務を行う人もおり、異なる背景を持つ人々がBtoBマーケティングとしてまとめられています。

このため、世に出回る事例や情報はBtoBマーケティング全体の一部に過ぎません。流行りの手法も沢山ありますが、それに惑わされず自社のビジネスモデルに当てはまるかを見極めねばなりません。

氣賀: イントリックスでは自社や商品のことを分かってもらう社外のステークホルダーとのやりとりの総称をBtoBコミュニケーションと定義し、自社についてがコーポレートコミュニケーション(CC)、商品についてがマーケティングコミュニケーション(MC)と区別しています。CCは長期視点、MCは短期視点で、ターゲットも異なります。同じコミュニケーションでも立脚するものが相当違うので、これを一緒くたにしてしまうと議論がかみ合いません。

ですから、BtoBコミュニケーションとひとくくりにせず、類型化して語るべき時期に来ているとの考えには強く賛同します。

関口: BtoBマーケティングの領域は整理が急務であり、学術的な対応も必要だと思います。

難しくなってきた、デジタルコミュニケーションの課題や解決策の見極め

氣賀: 私は別の観点でも整理が必要だと感じています。それは、BtoBコミュニケーションの課題と解決手段についてです。

これまでは、「使い勝手が悪いからUIを改善する」、「手動の運用では効率が悪いからCMSを入れる」というように、問題がわかれば解決策も明らかでした。ですが、UIやCMSなどデジタルコミュニケーションに必要な道具をそろえた今でも十分な成果が出ていないのは、複合的な理由があるということなので解決策を特定しにくい。とるべきは、データ整備かもしれないし、システム連携かもしれないし、意識改革なのかもしれません。問題はわかっても何が解決策なのか、どういう順番で取り組むべきかがわかりにくくなっているのです。

事業会社のデジタルマーケティングのプラットフォーム構築を見ていても、先にビジネスプロセスを決めなければならないのに、いきなりシステム会社に相談されているケースが少なくありません。プラットフォーム構築にはシステムの側面もあるので、そう考えてしまうのも無理はないとも思いますが。

関口: 顧客が「xxを導入したい」「△△を変えたい」と言っていても、御社のようなプロフェッショナルから見るとそこではないというケースはあるでしょうね。顧客が持ってきたテーマや要求事項を絶対とするのではなく、今本当に必要なのは何なのかを双方で話し合うことが必要です。

氣賀: 現在、当社のサービスで人気なのは、デジタルコミュニケーションの全体像把握と現状診断、そしてRFP作成/パートナー選定支援です。今のやり方で良いのか、何が問題の背景なのか、どのパートナーに相談すべきなのかを悩まれている企業が多い印象です。

解決すべき問題が大きくなっている分、解決にあたるパートナー選びの重要性は高くなっています。大型プロジェクトの成否はパートナー選定で決まると言っても良いでしょう。

関口: 我々のようなB2Bソリューションベンダーでも同じことが言えます。テーマが多種多様なだけに、業界アジェンダのようなものをきちんと整理し、顧客が話しているのはこの中のどの部分なのか、本当にそこだけを議論すべきなのか、を顧客とよく協議して明確にすべきです。

顧客の要求や仮説に対して、「今本当にここが課題なのですか」と問い直すことさえ求められています。

氣賀: 特にコロナ以降、デジタルマーケティングに必要とされることを一通りやってみたが成果が出ていないというBtoB製造業はかなり多い。そろった道具をフル活用するにも一度立ち止まって全体像を整理し、この先何をすべきか腰をすえて考えなおすべき時期なのではないでしょうか。

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AIエージェントはもはや組織の一員

氣賀: AIの登場で、企業のデジタルコミュニケーションがどうなるかについては前編で触れました。では、業務の進め方にはどんなインパクトがあるのでしょうか。

関口: 当社ではすでに仕事のやり方が相当変わっています。アイデア出しの壁打ち相手としてもそうですし、マーケティングに使うプログラムもAIに頼むことさえあります。

従来も壁打ち相手はいましたが、人に頼らざるを得なかった。AIはいつでも必要な時に、異なる視点や抜け落ちている部分を指摘してくれるため、壁打ち相手としては非常に優れています。

氣賀: プログラムは、どのようなものを作成させているのですか。

関口: 単純な例だと、自然言語の指示でExcelに投入できるマクロを作らせています。TableauやPower BIなど、スキルが必要なツールでも、どんなデータを抽出したいかを指示すれば、AIがプログラムを生成してくれるので、使っている社員は多いですよ。

こちらから聞いて答えてくれるAIだけではなく、専門性をもって主体がAI側にあるようなAIエージェントの活用も増えています。もはやAIエージェントは組織の一員。来年には組織表に載るんじゃないかな(笑)。

氣賀: 御社がAI活用にそこまで前向きなのはどんな理由があるのでしょうか。

関口: パナソニック コネクトはかなり早い時期に、自社向けのAIアシスタントサービス「ConnectAI」を導入しました。パブリックの情報に加えて、自社の社内情報も学習させることができるものです。しかも一つのAIモデルだけでなく、複数のAIモデルを選べるようにしています。

目的の1つは効率の追求ですが、それよりも、市場環境をきちんと理解しなければならないという意味の方が強いです。

顧客側もAIを活用するようになっていますから、そうした顧客向けにどのようにビジネスを展開していくかを考えることがこれからのテーマです。

氣賀: 使いこなせる人とそうでない人の特徴はありますか。

関口: それを楽しいと思えるかどうかですね。やってみないうちから自分には分からないという人ではなく、一度やってみて「すごい、これ楽しい!」と感じられる人。そこで習熟度に差が出ると思います。

なお、「AIで自分の仕事がなくなる」という話もありますが、AIでなくなるわけではなく、AIを使いこなせない人の仕事がなくなると考えています。AIとの共存を見すえることが、個人のキャリアの鍵であり生き残る道だと思います。

蓄積された膨大なデータが花開くAI時代

氣賀: 前編では、社内コミュニケーションのデジタル基盤が意外なほど進展していないという指摘がありました。この問題はAIを通じて解決されるのでしょうか。

関口: はい、徐々にそうなっていくと思います。今社内にある情報を、どんどんAIに学習させています。イントラで探すのが大変だった各種手続きの情報は、AIに聞けば全て教えてもらえるようになりました。まだ社内には過去のテキスト形式のデータや、スクラッチで作ったデータベースなども残っていますが、これらを全て学習させられれば相当なナレッジになります。

氣賀: 最終的には、会社の情報アセットをフル活用できますね。

関口: ただ、自分の情報を自分のメモ帳やPCにしか置いていない人がいたとしたら、その情報はAIを使っても出てきません。情報をオープンに出すというカルチャーづくりも並行して行なう必要があります。

氣賀: こうしたナレッジ共有は昔から業務システムが目指していたことですが、結局は探すのに時間がかかったり、探せなかったりというのが実態です。今のデータ解析ツールはいろんなことができますが、機能が多すぎて使いこなせていません。

しかしこれからは、「ある商品に関する過去半年間のアメリカからのアクセス状況を知りたい」と入力さえすれば、すぐに答えが返ってくるようになっていきます。

これまで蓄積先行で使いきれていなかったデータが、AIによって有効活用される時代が本当に来たのだと感じます。

関口: 我々のソリューションにもどんどんAIが組み込まれてくるでしょう。特にサプライチェーンソリューションのAIの進み方は非常に速く、進化しています。需要予測などもそうですね。

氣賀: 予測の精度は相当上がっているのですか。 そして、使いやすさも飛躍的に向上するのでしょうか。

関口: はい、精度は高いです。また特にグローバルのお客様から、使いやすさの向上を強く求められています。海外企業は社員の出入りが激しいので、「この人に聞けばいい」という世界ではないのです。そのため、人に聞かなくても済む正確なAIインターフェースが求められています。

氣賀: 海外と日本で、AI活用に関して意識の違いはありますか。

関口: 国内外の違いはありませんが、買収したBlue Yonderのサプライチェーン・マネジメント(SCM)ソリューションはAIが必須のソリューションなので親和性が高く、彼らから教えてもらうこともあります。我々は元々ハードの製造業なので、彼らのやり方を学びつつ、こちらの良いところも活かしてもらっています。

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めざすのは社外も含めた情報のエコシステムと、顧客価値起点のコミュニケーション

氣賀: パナソニック コネクトのデジタルコミュニケーションを統括する立場で取り組む予定のテーマを教えてください。

関口: 大きく二つ考えています。一つは、情報のエコシステムの構築です。現在顧客向けの自社サイトはコントロールできていますが、顧客だけでなく一次店から二次店までのパートナー階層全体の情報までを管理できる仕組みを作りたいと考えています。

もう一つは、顧客価値起点のコミュニケーションへの転換です。マーケティング本来の役割であり、これまでも意識はしてきましたが、気を抜くと薄まる危険性があるので、「本当にこれって何の価値があるの」という問いを常に持ち続けることを徹底したい。コミュニケーションだけでなく、商品やソリューション自体も顧客価値起点に変えていくつもりです。

氣賀: エコシステムとは、社外で顧客の目に触れるパナソニック コネクトの情報を全て管理するということですよね。具体的には、どんな状態を作りたいのでしょうか。

関口: 二つあります。一つは、正しさです。デジタル時代は1つの情報が何度も使いまわされて広がります。当たり前ですが、正しい情報がちゃんと行き渡ることが重要です。

二つ目は、リアル接点との連携です。顧客が当社のウェブサイトで特定の商品を熱心に見ていたことを、翌日訪問する営業も知っているようにしたい。これから非常に大きなテーマになると考えています。

氣賀: リアルとの連携は、MAやSFAなどのツールで目指した世界でもありますが、先ほど触れた業務システムの例に同じく、理想には程遠いのが実態です。しかし、今のAIの進化を踏まえると、顧客のアクセス情報を営業に渡すことのハードルはかなり下がってきたと思います。

どの企業にもある沢山の活かしきれていないデータやツール類。AIのおかげで一気に花開きそうですね。

関口 昭如 パナソニック コネクト デザイン&マーケティング本部 デジタルカスタマーエクスペリエンス エグゼクティブ 、(兼)現場ソリューションカンパニー ヴァイスプレジデント、(兼)IT・デジタル本部 CX統括

日立に入社後、ルネサスエレクトロニクスなどのB to B製造業企業において、デジタルを中心とした、グローバルマーケティング、デマンドジェネレーション、顧客価値起点の事業マーケティングを牽引。
2018年10月より、パナソニック コネクト株式会社にてデジタルカスタマーエクスペリエンス変革およびマーケティングによる事業経営変革を断行中。博士(工学)。

氣賀 崇 イントリックス株式会社 代表取締役社長

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米投資銀行にて、日本およびアジア株のアナリストを務める。海外インターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。近著は『BtoB製造業のコミュニケーション革命』(東洋経済新報社)。

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