背景と課題 未活用のエントランスを、戦略的な顧客接点に変革したい
三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)は、日本を代表する総合重機メーカーです。エネルギー、インフラ、航空・防衛・宇宙など幅広い分野で世界をリードする製品とサービスを提供し、日本のものづくりと技術革新を牽引してきました。
三菱重工 日立工場は、424,424㎡という広大な敷地面積を有し、1930年(昭和5年)の工場創設(※)から、常に高度な技術と確かな技能、最新鋭の設備を持って数多くの製品を世に送り出してきました。(※当時は株式会社日立製作所 日立工場。事業統合を経て、2021年より現体制に。)2016年に新設された本館には、天井高3.5m、床面積284.54㎡の広大なエントランスがありましたが、その空間は十分に活用されていませんでした。
ここ日立工場は、ガスタービンの生産拠点であることはもちろん、定期的に見込み顧客が訪れる顧客接点としても重要な拠点です。工場見学を通じて高稼働・高効率を実現する三菱重工の技術力を直に感じ取れることが大きな魅力でした。しかし、脱炭素化に関心を持つお客様が増え始めた今、より効果的な顧客対応の仕組みづくりに課題を感じていらっしゃいました。
H-25ガスタービンの魅力とメンテナンスの重要性、企業力を効果的に訴求し、グローバルプレイヤーとしての実力を伝えたい
H-25ガスタービンという製品を理解するには、実機を見ることが最も効果的です。しかし受注生産性であるが故、工場見学のタイミングによっては実物を目にすることが適わないお客様もいらっしゃり、製品の大きさや性能・形状を、何らかの形で伝える工夫が求められていました。
また、ガスタービンの主要部品には、性能を維持するための定期的な点検や交換が欠かせません。日本国内では法規制により定期点検が義務付けられていますが、海外ではそうした規制が緩いケースがあります。適切なメンテナンスなしでは発電効率が落ちてしまうため、特に海外のお客様に対してその重要性を理解していただくことが課題でした。
さらに海外から訪れる見込み顧客に対しては、製品の良さを知って貰うことに加え、技術力の高さや企業の規模感、歴史とともに積み重ねてきた実績を紹介し、三菱重工という企業への信頼性を高めるコンテンツの必要性も感じていらっしゃいました。
戦略的展示の実現に向け、デジタルマーケティング支援を担っていたイントリックスに協力を依頼
当初、このエントランス展示プロジェクトは三菱重工社内で進められていましたが、「来館者に対してエントランスで見せたい情報は何か」という情報提供側の視点でのみ議論されていたため、アイデアとして数は上がるものの決め手となる要素が具体化できていませんでした。
そこで、H-25ガスタービンのデジタルマーケティング活動において、ユーザーが購買行動に至るタッチポイントの設計(コミュニケーションデザイン)やコンテンツ制作を支援していたイントリックスに声がかかり、本プロジェクトがスタート。イントリックスは主にデジタル領域のご支援を専門としていますが、顧客とのコミュニケーションデザインは、デジタルもリアルも本質は変わりません。イントリックスの担当者が過去に催事・展示の企画や施工監理経験を持っていたことも、本プロジェクトをご支援する一因となりました。
イントリックスの解決策 デジタルマーケティングの知見を空間づくりへ。顧客体験を軸とした総合的アプローチ
イントリックスは、デジタルマーケティングのノウハウを活かしつつ、リアルな展示空間の設計・実現に取り組みました。顧客ニーズを深く理解することから始まり、効果的な体験設計~施工対象の基本設計、最新のデジタル技術の導入まで、包括的なアプローチで課題解決に挑みます。結果、約半年にわたる長期プロジェクトを確実なマネジメントとスケジュール管理で成功に導くことができました。
1. 顧客ニーズをとらえた、的確な展示内容の設計
まずプロジェクトの目的とゴールを明確にするところからの着手。ターゲットとなる顧客を「情報収集段階の顧客」と「比較検討を終えた意思決定前の顧客」の2つに分類し、それぞれのニーズや関心事を整理しました。
情報収集段階の顧客には、CO2削減効果や将来的な脱炭素への対応可能性、製品の信頼性などを重点的に紹介。一方、意思決定前の顧客には、コストや納期、具体的な製品性能などの情報提供に力を入れることにしました。
三菱重工が顧客に伝えたい内容を網羅的に洗い出し、そのなかからエントランスという広大な空間を活用してこそ効果的に伝えられる内容のみを厳選。最終的に、エントランスの左側にはH-25ガスタービンの性能や形状・メンテナンスの重要性を訴求する展示を、右側には三菱重工の事業と日立工場の技術の系譜、実績・歴史を紹介する展示を配置する方針を固めました。
これまでデジタルマーケティングで培った信頼と知見を活かし、わずか2回の打ち合わせで具体的な展示企画案を提示できたのは、イントリックスならではのスピード感だと言えるでしょう。
2. 来訪者のニーズを踏まえた、効果的な顧客体験の創出
続いて、お客様の来訪時の体験を、①プレゼンテーション、②エントランス見学、③工場見学の3つのパートに分けて設計。エントランス全体の見取り図を基に、お出迎えから工場見学に出発するまでの流れを、展示内容と合わせて細かく検討しました。
複数パターンを比較検討する過程では、現実的な課題にも着目しました。例えば、ガラス張りのエントランスでは直射日光で展示物の劣化が進む恐れがあります。そこで、影響の出やすい展示物から窓から離れた位置に優先的に配置。また、原状復帰やコンテンツの更新性にも配慮し、あらゆる可能性から実現性のあるプランを選定いただけるよう、導入+ランニングの概算コストを含む、機器や仕様の提案を心がけました。
検討の結果、最終的に①プレゼンテーション→②エントランス見学→③工場見学という流れに決定。プレゼンで説明した内容をエントランスの展示で視覚的に補強し、最後に実際の製造現場を見学することで、段階的に理解を深められる設計としました。
このように、イントリックスはウェブサイトでのユーザー体験設計のノウハウを、リアルな展示空間の設計に応用。顧客の動線や情報の受け取り方を綿密に計画し、工場見学の順路に沿って製品と企業理解を深められる体験設計を形にしていきました。
3. 施工内容(基本設計)策定と施行者選定・発注のマネジメント
プロジェクトが進むなかで、イントリックスは当初予定していた企画段階からさらに一歩踏み込み、見積前提となる基本設計や発注先の選定支援までをご支援することになりました。
特に注力したのは、2~3年で展示内容を更新できるよう、安全性・更新性に配慮しながら原状回復が可能な基本設計(発注仕様)を固めること。既存の壁面の前に新たに壁を立てるなど、建物本体に大きな改変を加えることなく展示の更新ができる仕様を具体化すべく、施工業者とともに現場を確認しました。
例えば、ガスタービン部品の展示では、パーツ単体が100kg 超の重量物を含む展示対象を一つひとつ実際に確認し、陳列の向き・配置順の要望を伺いながら展示ケース(造作物)の数量・サイズ・仕様を確定させていきました。
発注先選定のフェーズでは、試算時に必要な設計図書や、施工業者確定から実施設計~施工までの進行スケジュール(工期)を含む「見積依頼書」を作成。加えて、業者への質疑応答、技術評価、提示価格の妥当性評価まで、包括的な支援をおこないました。専門用語を分かりやすく説明しクライアントの意思決定をサポートすることは、デジタルでもリアルでも変わらないイントリックスの強みです。
4. 実施設計から引き渡しまでの進行・品質管理を継続支援
発注先確定後は、施工までの約2か月にわたり三菱重工と設計・施工会社の間に立ち、工期全体の進行と品質管理を担当しました。実施設計では、それまで「何を見せるか」に留まっていた判断基準から、「何を伝え、来館者にどんな印象を持たせたいか」を議論。意匠設計含む詳細確定に向けた判断を、包括的にサポートさせていただきました。
このフェーズでは、コンストラクション・マネジメントとは別に、掲出面積のみが確定し内容詳細が固まっていなかった訴求エリアのコンテンツ企画・グラフィック制作も担当。ウェブコンテンツ制作のノウハウを活かしながら、日立工場の重厚かつ開放的なエントランスの印象を損なうことなく、三菱重工らしい表現をどうまとめていくかに苦心しました。
実施内容が固まっていくなかでいただく追加要望への対応や、造作期間の進捗管理を進めながら迎えた施工当日は、それまでの綿密な計画のもと関係者間の密なコミュニケーションに努めた甲斐あって、予定よりも早く作業を終えることができました。
成果 重厚かつ開放的なエントランスの印象を活かした、調和のとれた展示の実現
プロジェクトの結果、以下のような展示が実現しました。
H-25ガスタービンの大きさと内部構造を伝える壁面展示
エントランス左側の壁面9.6mのエリアに、H-25ガスタービンの原寸大グラフィックを設置。工場を訪れたタイミングで実機を目にすることが出来ない来館者に対しても、製品の大きさや内部構造を視覚的に理解いただけるようになりました。
多機能な大型タッチパネル
サイネージとしても利用できる、壁面の86インチタッチパネルとは別に、来館者が自由に操作・閲覧できる55インチの自立式タッチパネルを導入。ここでは、三菱重工の様々な取り組み(※コーポレートコミュニケーション領域)を多彩なコンテンツで紹介しています。
ガスタービン部品の実物展示と、メンテナンスサービスの紹介パネル
ガラス面にガスタービン部品の新品と経年劣化品を比較展示し、メンテナンスの重要性を視覚的に訴求。その傍らに遠隔モニタリングサービス「Tomoni」の特徴・魅力を伝える訴求エリアを設け、発電プラントの高効率・高稼働を支える遠隔監視・アフターサポートソリューションの実績を伝えます。
セキュリティ面にも配慮した部品展示
企業秘密保護の観点から、ガスタービン部品の展示ケースに対して施錠可能な専用カバーを用意。必要に応じて展示物を隠せるようにし、セキュリティを確保しつつ柔軟な運用を可能にしました。
三菱重工の歴史・実績と未来を示す展示
エントランス右側壁面には、三菱重工と日立工場の歴史を紹介する展示を設置。2014年の三菱重工と日立製作所の火力発電システム事業統合に至るまでのそれぞれの事業の歴史を、上下段の年表形式にまとめました。事業統合後の最右4台目には、今後実績を追加できる訴求エリアを確保し、展示の更新性にも配慮しています。
リアルとデジタルの融合
QRコードを活用した詳細情報へのアクセス提供や、大型タッチパネルの導入など、リアルな展示空間にデジタル要素を採用。これにより、より豊富な情報提供と柔軟な展示運用が可能となりました。
工事完了翌日には、普段エントランスを利用することのない従業員も含め、多くの方が新しい展示に興味を示し、積極的に見学する姿が見られました。プロジェクトメンバーはもちろん、工場長や工場幹部からも高い評価をいただき、「予想以上の出来栄え」「こんなにしっかりとしたものができるとは思わなかった」といった声もいただくことができました。
このプロジェクトを通じて、イントリックスはデジタルマーケティングで培ったノウハウをリアルな空間づくりに活かし、クライアントの課題解決に貢献。製造業特有のプロダクトアウト的な発想を、顧客視点に立った展示設計へと転換することで、より効果的な顧客コミュニケーションを実現しました。
私たちは、これからもデジタルとリアルを融合させた革新的なマーケティングソリューションの提供を実現すべく、製造業をはじめとするさまざまな業界のクライアントに対し、戦略的な顧客体験の設計と実現をサポートしていくことで、ビジネスの成長と価値創造に貢献してまいります。
徹底した顧客目線で実現した期待以上の展示内容。このプロジェクトは、我々に新たな視点をもたらしてくれました
三菱重工業株式会社
エナジードメイン GTCC事業部
当初は「モノを見せたい」「工場でしかできないことを見せたい」という漠然とした思いしかありませんでした。本館新設から8年余り手付かずだったエントランスで、何をどうやって見せたら良いものかと考えあぐねていたところ、過去にデジタルマーケティング支援で取引のあったイントリックスさんに相談。企画段階から施工段階まで一気通貫でご対応いただけることになったのです。
特に印象的だったのは、イントリックスさんとの協業を通じて、「どうやって伝えたら、お客様が見てくれるのか」というマーケットイン的な視点を持てるようになったことです。これは我々にとって新しい発見でした。
また、壁面を使ったガスタービンの原寸大のグラフィックは、訪問時に実物を見ることができないお客様向けに実際の大きさと内部構造をご覧いただくためのコンテンツとして採用しましたが、精緻に再現されたグラフィックがあることで、社員同士の打ち合わせの場として活用されるなど想定外の効果も生んでいます。
今後は、タッチパネルのコンテンツを充実させたり、ガスタービンの製造工程をタイムラプスで見せたりするなどといった展開も考えています。我々が主体的に情報を発信できる“場”ができたことで、お客様目線でのさらなるコンテンツ拡充についても想いをめぐらせるようになりました。
三菱重工業株式会社
HRマネジメント部
このプロジェクトは私たちにとって全くの未知の領域であり、最初は正直どこから手をつければいいのか見当もつきませんでした。実は本プロジェクトは、私たちHRマネジメント部とGTCC事業部とが、持ち場を分担しながら進めていたのですが、先にイントリックスさんと協業し始めた事業部が着々と企画を形にしていくさまを見て、私たちも途中からイントリックスさんにサポートをお願いすることにしました。
イントリックスさんは、我々の曖昧なイメージを具体的な展示プランに落とし込んでくれただけでなく、足りない情報も補ってくれました。訴求内容や見せ方についても、いくつかの選択肢を示していただいたことで完成イメージを思い描きながらプロジェクトを進めることができました。
イントリックスさんとのお取引は初めてでしたが、タイトなスケジュールのなかで繰り返し求められる判断を、きめ細やかにフォローいただいていたこともあり、いつの間にか「お願いしたら何とかしてくれる」という安心感が醸成されていました。結果として出来上がった展示は期待以上のもので、非常に満足しています。