個々の顧客の購買エージェントを目指す
『CRM―顧客はそこにいる』には、「購買エージェント」というキーワードがたびたび出てきます。CRMとして現代企業に求められるアプローチは、この「購買エージェント」だと思います。「購買エージェント」について、本書では下記のように定義しています。
「顧客に対する」のではなく、「顧客の側に立って、顧客の購買を導くこと」。そこには、3つの能力が求められます。
- 顧客の思いを理解する能力
- 高度な専門知識に基づいて商品・サービスを理解する能力
- 顧客の思いを商品・サービスへと翻訳する能力
さらに今はニーズが曖昧だからこそ、「購買エージェント」が顧客に対して、次の6つのバリューを提供することで、新しい価値提供・創造を可能にします。
(1)カスタマイゼーション……嗜好・消費パターンを記憶して、商品/サービスをニーズに合わせて作る・組み合わせる
(2)ワンストップ……必要なニーズに関連する商品/サービスを1カ所で提供する
(3)マッチング……中立、客観的視点で商品/サービス群の中から顧客のニーズに合うものを探す
(4)ジャストタイミング……必要性が最も強まり、消費者にとってふさわしいタイミングで商品/サービスを提供する
(5)レコメンデーション……ニーズの予測・確認・修正を繰り返し、嗜好、消費パタンに応じて見合う商品/サービスをピンポイントで提案する
(6)メタプロダクト……消費の背景を理解した上で、高次のより明確なニーズに対して、すべての商品/サービス群を目的実現のためにセットで提供する
直近10年間の自分の購買行動を振り返ってみると、自分にとっての「購買エージェント」はというと、浮かんできたのは次の2つです。
1つは「Amazon」。コロナ禍になり、基本リモートワークで仕事をするようになって、「Amazon」で、生活用品、書籍、ITグッズなど、さまざまなモノを購入することが増えました。ヘビーユーザーのため、多いときは年間100万円超の買い物をしています。「ワンストップ」で、さまざまな種類の商品を購入できるのはもちろん、必要な時期(ジャストタイミング)に、商品を組み合わせて(カスタマイゼーション)探せ(マッチング)ますし、むこうからもオススメの商品を推奨(レコメンデーション)してくれます。至れり尽くせりのサービスで、私自身の満足度も非常に高いです。
もう1つはサービスではなく人ですが、自動車メーカー「スバル」の担当営業のIさんです。リアル(対面)ではありますが、「顧客エージェント」のお手本のような人です。私は、30年以上スバルだけを乗り続けている「スバリスト」です。Iさんと出会ったのは、3台目のスバルに乗っていたときで、当時はRV(レクリエーショナル・ビークルー)車を購入していました。「今、新型のRV車はこんなに性能が良くなったんですよ」といった興味をくすぐるポイントを何気なく勧めてくるので、それまで5〜10年ペースで乗っていたのが、その後しばらくは3年ごとに買い換えるようになりました。
今はRV車から変更し、真っ赤なスポーツセダンに乗っています。実は「赤色」は私の好みではありません。でも、このクルマを購入したのもIさんの言葉が決め手になりました。従来購入していたクルマと違い、今回はこれまで二の足を踏んでいたハイスペック車です。ハイスペックのクルマを買うには、奥さんの許可が必要だったので、どうやって説得すればいいか、Iさんに相談したところ、「奥さんに色を選んでもらうんですよ」というアドバイスでした。すると効果てきめん。私の妻はクルマには全く興味のない人だったのですが、自分で色を選んでからは、「自分の車」だといって愛着を持つようになりました。このようにIさんのアドバイスは、客観的な視点で顧客ニーズに合った商品を提供する「マッチング」といえるでしょう。
また、「ワンストップ」や「カスタマイゼーション」でいえば、Iさんの薦めで、スバルが仲介している「JAF」や「自動車保険」などにも加入しましたし、「メタプロダクト」については、次のようなエピソードもありました。スバルには新車を買った人だけが使える点検パック(毎年、定期点検が受けられる)というサービスがあり、私も加入していました。山梨県に住んでいるので、冬は雪道になるため「スノー用タイヤ」に交換します。これまでは地元のカー用品店に依頼していたので、夏の通常タイヤの交換も含めて年に2回費用がかかっていました。Iさんはこちらのウォンツを理解して、「定期点検の時期にタイヤを持っていただければ、無料で交換しますよ」と提案してくれたんです。
このIさんの一連の提案活動をみて、これが「購買エージェント」だと感じました。「ワンストップ」で、いろんなサービスを探して、組み合わせて提供してくれる。顧客のウォンツを探り、自動車に関わるアフターサービスもこまめに提供できる「メタプロダクト」はもちろん、「マッチング」も「カスタマイゼーション」もある。 「ジャストタイミング」で、ちょうど買い替えの時期に電話をかけてきてくれたりもする。
私も、普段お客様との折衝業務を行っているので、営業マンのアプローチはある程度理解しているつもりです。それでも乗せられてしまう。それに「無料のタイヤ交換」といった自分に得するサービスなら、大歓迎です。
確かに、Iさんに出会って、クルマの買い替え頻度は増えたので、それだけ出費もかさんでいます。でも家族もハッピーだし、自分では選ばない赤い車に乗ってみるとワクワク感が体験でき、トータルでみたときは、楽しいカーライフを過ごしてきたと思います。このように「個々の個客の購買エージェント」(つまり個客エージェント)になれるかどうかが、これからのCRMの肝になってくると思います。