BtoBマーケティングコラム 日本を含むグローバルにおける「ウェブアクセシビリティ」関連規制の動き

2024年4月12日

あらゆる人がWebサイトにアクセスし、情報を利用できることを指す「ウェブアクセシビリティ」。世界中で法整備が進んでいます。
自社サイトなどのウェブアクセシビリティが不足していることが原因で訴訟を起こされるケースは急増しており、日本企業が訴訟の対象になるケースも出てきました。また、日本では関連する「障害者差別解消法」が改正され、2024年4月1日から施行されたとあって、ウェブアクセシビリティに対する関心が高まっています。今回のコラムでは、ウェブアクセシビリティに関する世界の動きや、日本における障害者差別解消法の改正内容などを踏まえ、私たちがどのように対応を進めればよいかについて解説します。
※本記事はあくまで2024年4月時点の内容です

ウェブアクセシビリティとは

アクセシビリティとは、Access(近付く)とAbility(能力、できること)という意味を組み合わせた造語で、「ウェブを利用できること、またはその到達度」という意味で使われています。
政府は「利用者の障害などの有無やその度合い、年齢や利用環境にかかわらず、あらゆる人々がWebサイトで提供されている情報やサービスを利用できること、またその到達度」と定義しています。

似た概念として「バリアフリー」がありますが、バリアフリーが主に障害のある人や高齢者を対象とするのに対し、アクセシビリティはあらゆる人を対象としている点が特徴です。
インターネットおよびインターネットを手軽に閲覧できるスマホ等のデバイスの普及によって、私たちは日常的にインターネットにアクセスし、さまざまなWebサイトを閲覧することができるようになりました。
こうした動きの中で、視覚障害や聴覚障害などがあり、Webサイトやアプリ等の閲覧が困難な方であっても、平等にこれらのデジタルサービスを利用して情報を得られるよう配慮することが求められるようになってきました。
ウェブアクセシビリティに関する法整備が世界中で進んでいることもあって、海外向けにWebサイトを展開している日本企業においては、各国のウェブアクセシビリティ関連法案や関連規制について理解し、対策を行うことが求められます。
そこで、ウェブアクセシビリティの対応が進んでいる欧米などを中心に、どのような法整備が進められているのかを見ていくことにします。

ウェブアクセシビリティ 先進国の法整備

①欧州連合(EU)

欧州連合(EU)はアメリカとともにウェブアクセシビリティをリードしており、2025年6月に、欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act、以下EAA)を施行することを決定しています。施行を目前に控え、Webサイトリニューアルを行う企業も増えてきています。
EAAは、対象となる製品・サービスにおいて、「物理的空間とデジタル空間の両方においてアクセシブルであることを保証」することを求めています。対象となるのは公共期間、民間企業の両者です。ただ、大掛かりなアクセシビリティ対応による負担を考慮され、中小企業*は2025年時点でEAAに準拠する必要はないとされています。

*中小企業:従業員数が10人未満で、年間売上高または年間貸借対照表が200万ユーロ(2023年8月時点でおよそ3億1,450万円)を超えない企業

EAAが施行されるのは2025年6月以降ですが、法令に違反した際にどのような罰則が科されるかについては、まだ詳細は明らかになっていません。具体的な罰則の内容については、EU加盟国ごとに独自に決定されるものと思われます。

ちなみにEUには『EU一般データ保護規則(GDPR)』という規則があり、欧州経済領域(EEA)域内で取得した氏名やクレジットカード情報などをEEA外に移転することを原則禁止しています。
GDPRに違反した場合にはデータ保護機関等から高額の制裁金が科されることもあり、実際に海外ではMarriott International が9,920万396ポンド(約135億円)の制裁金を科せられています。また、日本企業も制裁金の対象となったことがあり、NTTデータは2022年に、6万4,000ユーロ(約940万円)の制裁金が科されました。
EAAにおいても、GDPRのような運用がなされる可能性は大いにあると推察されています。

EAAが成立する前、EU加盟国内では複数のアクセシビリティ規則が存在していました。EAA施行後はEAAに統一され、EU全体で標準化されたアクセシビリティ要件に置き換えられることになります。

②イギリス

イギリスはEUに加盟していないため、EAAの対象ではありません。そのため独自に法規制を進めており、2023年9月23日に新たなデジタル・アクセシビリティ規制(Digital Accessibility Regulations)を導入しました。
この規制は、公共機関のWebサイトやモバイル・アプリケーションを障害者が利用しやすいものにすることを義務付けるもので、誰もがデジタルテクノロジーを活用できる「デジタル・インクルージョン」の推進を図っています。
ウェブアクセシビリティに関する世界的なガイドラインとして「WCAG2.2」という基準があります。WCAG2.2には3段階のレベルがありますが、イギリスのデジタル・アクセシビリティ規制は「レベルAA」に基づいて策定されています。これは、3段階のうち中間のレベルではありますが、実際に「レベルAA」を達成するためのハードルは高く、決して容易に対応できるレベルではありません。

図1:3段階の「ウェブアクセシビリティ達成基準」(ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)を参考に筆者作成)

この新たな規制により、イギリスにおける全ての公共機関に対しては、下記2点の対応が求められます。

  • アクセシビリティに関する声明を公表すること
  • Webサイトのユーザー、アクセシビリティに関する問題を報告できるフィードバックカニズムを提供すること

アクセシビリティ要件を満たしていない組織、またはアクセシブルな形式で情報を作成・提供できない組織については、平等法(Equality Act 2010)と障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act 1995)に違反しているとみなされ、罰則の対象になったり、訴訟を起こされてしまったりするリスクがあります。

③アメリカ

アメリカにおけるウェブアクセシビリティに関連する訴訟件数は多く、2023年には4,605件(連邦訴訟件数:3,086件、州訴訟件数:1,519件)の訴訟が起こされています。
過去にはAmazonやNetflix、ドミノピザやマクドナルドなどが訴訟の対象となったこともありました。日本でもニュースになったため、ご存知の方も多いかもしれません。
2015年には関連訴訟が100件未満であったことを踏まえると、直近10年で急激に訴訟が増加していることが分かります。
訴訟の対象となっているのは大企業だけではありません。実際のデータを見てみると、中小企業に対する訴訟事例が非常に多いことが見えてきます。
アメリカは訴訟大国としても有名ですが、ここまでウェブアクセシビリティ関連の訴訟が多い背景には次の2つの要因が関連していると考えられます。

  • 法制度の適用範囲が広い
  • 後述するADAという規制が、障害を持つ個人が企業に対して直接訴訟を起こすことを認めている

そのようなアメリカですが、障害者やアクセシビリティに関する法規制の現状はやや複雑で、複数の法規制が存在しています。ここでは、そのうちの3つについて紹介します。

  • Section508(リハビリテーション法第508条)

Section508は電子および情報技術 (EIT) に関するアクセシビリティ要件を定めた法律で、障害者がITを使って社会参加できることを目的として1986年に成立しました。主に公的機関を規制の対象としています。

  • ADA(Americans with Disabilities Act)

ウェブアクセシビリティ関連の法律として代表的なものの一つ。障害者が雇用や教育、公共施設の利用などの機会に平等にアクセスできるようにすることを目的として、1990年に成立しました。適用範囲が非常に広く、雇用環境や公共施設、交通機関や情報通信など、さまざまな分野に適用されています。

  • ACAA(Air Carrier Access Act)

航空運送業界に関するアクセシビリティを規定する法律で、1986年に制定されました。
障害者が航空機や航空サービスを利用する際に差別されないようにすることを目的としたもので、障碍者が全ての航空サービスを安全かつ適切に受けられる権利を保護する規定が含まれています。航空会社のWebサイトにおいても、「WCAG 2.0」のレベルAA準拠が求められます。
ACAAの対象となるのは、米国なの空港に乗り入れる定員60名以上の路線がある米国内外の航空会社のWebサイトです。そのため、アメリカに乗り入れる日本の航空会社も対応が必須となっている点は注意が必要です。

④カナダ

カナダのオンタリオ州は、世界で初めてアクセシビリティの目標と期限を定めた特定の法律を制定した州です。その意味では、カナダはウェブアクセシビリティの先陣を切ったエリアといっても良いでしょう。
カナダにおけるウェブアクセシビリティ関連の法律として有名なのが、AODA(Accessibility for Ontarians with Disabilities Act)です。AODAは、障害を持つ方に対する差別をなくし、オンタリオ州をよりアクセスしやすいエリアにするという目的で、2005年に定められました。
AODAは、次の5つの分野においてアクセシビリティ向上を目指しています。

  • 顧客サービス基準(Customer service standard)
  • 情報通信規格(Information and communications standard)
  • 輸送基準(Transportation standard)
  • 雇用基準(Employment standard)
  • 公共空間のデザイン基準(Design of public spaces standard)

AODAはアメリカのADAと同様に非常に適応範囲が広く、公的機関や民間企業が対象となっています。また、業界や組織規模によって適用される要件に差はありますが、原則としてWCAGのレベルAAに準拠することが求められています。
カナダのアクセシビリティへの取り組みとしてもう一つ押さえておきたいのが「The Accessible Canada Act(the Act)」です。これは、2040年1月1日までに、バリアのないカナダを構築することを目標としています。

⑤オーストラリア

最後がオーストラリアです。オーストラリアでは、オーストラリア連邦の法律であるDisability Discrimination Act 1992 (DDA)が代表的です。DDAは雇用、教育、商品やサービスの提供などの分野で障害のある個人を差別することを違法としており、WebサイトやECサイトなどのオンラインサービスを含むすべての個人および組織に適用されます。
オーストラリアのWebサイトは、DDAまたはWCAGレベルAA標準の4つの基本概念に準拠することが求められます。4つの基本概念とは、Perceivable(知覚可能)・Operable(操作可能) ・Understandable(理解可能)・Robust(堅牢)です。

この他にもオーストラリアでは、差別に関する苦情を調査し、問題を解決するための措置を講じる権限を持つことにより人権を促進する役割を担う「Australian Human Rights Commission Act 1986 (AHRC Act)」や、ウェブアクセシビリティの向上を目指す国家戦略「National Tradition Strategy(NTS)」などもあります。オーストラリアに事業を展開する企業は、これらの法整備についても押さえておくと良いでしょう。

日本におけるウェブアクセシビリティ関連規制

ここまで、各国のウェブアクセシビリティ関連法案や関連規制の状況について見ていきました。続いて日本では、ウェブアクセシビリティに関してどのような法整備が行われているのかを見ていきます。
実は、日本には民間企業に対するウェブアクセシビリティ対応を義務づける法律はありません。ちなみに公共機関のWebサイトにおいては、他国と同様にWCGAレベルAA準拠が求められています。この点は民間企業と区別しておきましょう。
最近よく見られるのが、「今後はウェブアクセシビリティの対応が義務化される」と間違った認識をしているケースです。
日本のウェブアクセシビリティに関する規制について正しく理解するために欠かせないのが『障害者差別解消法』の理解です。

  • ウェブアクセシビリティと「合理的配慮」

障害者差別解消法において重要なキーワードとなるのが、「合理的配慮」と「環境整備」という2つのワードです。この2つは異なる概念である ことには注意してください。
障害者差別解消法 第8条には、このように定められています。

(事業者における障害を理由とする差別の禁止)
第八条 事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。
2 事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。

この「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」の部分ですが、改正前は「必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」とされていました。
つまり、改正前は努力義務だった合理的配慮が、今回の改正によって義務化されています。

合理的配慮について、政府はこのように定義しています。

行政機関等及び事業者に対し、その事務・事業を行うに当たり、個々の場面において、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、社会的障壁の除去の実施について、必要かつ合理的な配慮(以下「合理的配慮」という。)を行うことを求めている。

つまり、障害を持つ方から、個々のケースで社会的障壁の除去を求められた場合にのみ、過重な負担ではない場合は対処しなければならないというわけです。

では、ウェブアクセシビリティは合理的配慮にあたるのでしょうか?
もしも合理的配慮に該当するのであれば、法改正後はウェブアクセシビリティの向上が義務化されることになります。
実は、ウェブアクセシビリティは合理的配慮ではなく、合理的配慮を行うために備えておくべき「環境の整備」に該当します。内閣府のホームページ上でも具体例について挙がっているので、参考にしてください。

【環境の整備の具体例】
オンラインでの申込手続が必要な場合に、手続を行うためのウェブサイトが障害者にとって利用しづらいものとなっていることから、手続に際しての支援を求める申出があった場合に、求めに応じて電話や電子メールでの対応を行う(合理的配慮の提供)とともに、以後、障害者がオンライン申込みの際に不便を感じることのないよう、ウェブサイトの改良を行う(環境の整備)。

つまり、障害者差別解消法の改正によっては「合理的配慮」が義務化されますが、ウェブアクセシビリティの対応は合理的配慮ではなく「環境の整備」に該当するため、義務化の対象とはならないのです。

図2:「環境の整備」と「合理的配慮の提供」の関係性と、ウェブアクセシビリティの位置付け(内閣府サイトを参考に筆者作成)

とはいえグローバル全体の法整備の動きを見ると、今後は日本でもウェブアクセシビリティの対応が義務化される可能性も考えられます。
仮に義務化される場合には、まず義務化まで猶予期間が儲けられ、段階的に義務化の対象が広がるという動きになるでしょう。

グローバル全体の傾向と、日本企業が知っておきたいこと

以上が、日本におけるウェブアクセシビリティに関する法整備の現状です。今回は欧米を中心に法整備の現状について紹介しましたが、アフリカやアジア諸国など、世界中でウェブアクセシビリティ関連の法整備が進んでいます。
日本ではまだ義務化されていないとはいえ、グローバルに事業を展開している日本企業の場合は早急に対応が必要なことも。エリアごとの法規制を正しく理解し対応していないと、訴訟の対象となるリスクが高まっているからです。
日本国内でウェブアクセシビリティ関連の訴訟があったという情報はまだ確認されていませんが、海外においては、日本企業が訴訟を起こされたケースも生じています。

もう一つ世界的な動向として押さえておきたいのが、WCGAレベルAA準拠がスタンダードとなってきている点です。すでに日本でも、公的機関は同等のレベルが求めていることはお伝えしました。
法規制の中で明文化されていない場合でも、裁判の結果、民間企業もAA準拠が求められる事例もあります。特に欧米では、訴訟リスク回避のためにAA準拠を目指す動きが見られます。

ウェブアクセシビリティ対応が進むエリアにおいては特に、訴訟リスク回避や法規制への準拠のためだけでなく、道徳的および倫理的義務という観点から社会的責任としてウェブアクセシビリティを重視するという傾向もうかがえます。
年々増加傾向にあるウェブアクセシビリティ関連の訴訟。今後は世界中で法整備が進むことは確実です。日本企業も早いうちから対策を始めることをお勧めします。

著者プロフィール

金藤 恭世
インフォメーションアーキテクト

テンプル大学ジャパンキャンパスにて、ジャーナリズムに比重を置くアプローチでメディア&コミュニケーション学を専攻。
卒業後の2020年秋、イントリックス株式会社に新卒で入社し、情報設計のスペシャリストを志してインフォメーションアーキテクト(IA)として在籍。
入社後は、建材、重工、精密機器、化学メーカーなど、さまざまな領域のBtoB企業におけるデジタル活用推進に従事し、調査・戦略立案から、日本国内・グローバル向けサイトの全体設計、ユーザビリティ向上を実現するUI・UX設計などを手掛けている。

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