BtoBマーケティングコラム ITシステム導入における「(超)上流工程」の重要性

せっかく開発したITツールやシステムが活用されなかったり、プロジェクトが頓挫した様な経験はないでしょうか?そういった場合、手段先行型のプロジェクトとしてスタートしていることが多いです。

大事なのは、プロジェクトの規模に関わらず、経営戦略/IT戦略との整合を考慮した企画立案を検討する事です。それによって、今回構築すべきITシステム/ツール(以降、ITシステム)導入の目的や意義、その位置づけ、見込効果、将来フェーズ展開の見通し等を、関係者と認識合わせすることができます。どのようにして経営戦略/IT戦略の様な『(超)上流工程』を意識した提案が可能になるか。その手順やフレームワーク、有効なツールなど……。具体的な事例をもとにイントリックスのプロジェクトマネージャーで、ITと経営の両面に精通した証となる「ITコーディネータ」資格を持つ松田 直英氏が解説します。

ITシステム導入の成否を分ける『(超)上流工程』という考え方

ITシステム導入では、経営戦略/IT戦略に紐付けた基本構想や企画シナリオなどが存在しないことがまま見受けられます。また多くのプロジェクトマネージャーは現場しか見えておらず、任されたプロジェクトを計画通りに進めるだけになりがちであり、プロジェクトオーナーはプロジェクトマネージャーに任せがちとなる事も良く見かけられます。

本来は経営戦略/IT戦略等のマクロな情報を収集して、企業の戦略/方針と整合がとれ、事業課題解決に向けた要件を充足可能なITシステムを導入することで、あらゆるステークホルダーの課題を解消できるようになります。それにより企業にとって本来価値のあるITシステムになるわけです。そのために、企業の経営戦略/IT戦略などに紐づいたアプローチこそが重要になってきます。その考え方を「(超)上流工程」といい、今から約10年前に出てきた言葉です。

現場だけのヒアリングを積み上げても、必ずしも企業の売上・利益向上に結びつくとは限りません。「どのような会社を目指すのか」「業務は本来どうあるべきか」などの『あるべき姿』から、業務やシステム要件を定義することが、『(超)上流工程』の考え方になります。

それでは、プロジェクトマネージャーやプロジェクトオーナーは、何故近視眼的なものの見方になりがちなのでしょうか?
その理由は、物事を進める意識すべきプロセスの階層が異なるからと考えています。
それを分かりやすく表したのが、「IT経営プロセスモデル」です。これは、私が資格保有している「ITコーディネータ」の主管組織に当たる「ITコーディネータ協会」が体系化した「ITCプロセスガイドライン」にまとめられた「IT経営実現のためのプロセス」に当たります。

図1:IT経営プロセスモデルイメージ(ITコーディネータ協会「ITCプロセスガイドライン」より筆者作成)

経営戦略の策定からIT戦略、そしてITシステム導入への落とし込み、構築・サービス運用に至るサイクルを示したのが、この「IT経営プロセスモデル」です。この中で「3.IT化プロセス」は、IT導入時の必要なプロセスモデルを表し、従来のプロジェクトマネージャーは、この工程の中の特に“IT導入”しか視野に入っていないことが多いと感じています。つまり、「(超)上流工程」に焦点を絞った提案を行うには、「3.IT化プロセス」にある「IT戦略策定」や、上位レイヤーにある『2.経営戦略プロセス』も意識し情報収集しなければなりません。特に「経営(事業)戦略策定」におけるIT投資の重要度や、導入されるITシステムの位置づけに関する情報が必要不可欠です。

この工程を割愛したり、「(超)上流工程」で意思決定された方針を理解せず、プロジェクトマネジメントを進めると、行き詰った際の正しいかじ取りが難しくなります。プロジェクトというのは、ご存知のとおり、生き物であり、計画通りに行かないことがほとんどです。予測もできないことが起こります。一度立ち止まって、次に進むべき方向を決める際に、指針となる「(超)上流工程」で定められた「経営戦略/IT戦略」がなければ、あらぬ方向へプロジェクトを進めてしまうことにもなりかねません。だからこそ「(超)上流工程」に焦点を絞り、経営戦略/IT戦略に紐付けた基本構想や企画の仮説を作り込んだうえで、プロジェクトを進めていくことが重要になってきます。

「(超)上流工程」に焦点を絞った提案を立案するための7STEP

では、いかにして外部の人間が「(超)上流工程」に焦点を絞った提案書づくりができるのか。ここでは、その手順や必要なフレームワークなどについて紹介します。

(1)「IT経営プロセスモデル」での状況把握

先ほども触れた「IT経営プロセスモデル」での「2.経営戦略プロセス」と「3.IT化プロセス」の関係性がインプットされているか、そうでないかで、「(超)上流工程」に焦点を絞った提案ができるかどうかが決まってきます。このプロセスモデルを頭に入れておけば、「ITシステムをつくりたい」という手段ありきのプロジェクトでも、今何が足りていないかが整理できます。

(2)「IT投資評価項目ガイドライン」による評価項目を整理

経済産業省が策定した「IT投資評価項目ガイドライン(※)」は、経営者がIT投資の投資対効果を判断する目安とする指標を明らかにしたものです。経営課題とIT投資の位置づけや、IT投資価値や経営戦略との適合の評価を行う際に活用できます。

※試行版で、現在は公開されておりません。なお、IT投資に関するガイドライン的な文書はIPA等諸団体から情報公開されており、その同等利用は可能と考えています。

(3)顧客企業の公開文書を参照し重要キーワードを抽出

企業のコーポレートサイトで公開されている「中期経営計画書」や「有価証券報告書」などから「経営戦略/IT戦略」にあたる重要キーワードを抽出し、今回のITシステムの位置づけを仮説構築します。

(4)一次効果・副次効果を共有

近視眼的にならないよう、ステークホルダーとは効果についても認識共有します。一次効果は「短期視点のITシステム導入による機能面の一般的な効果」。副次効果は「(2)(3)と照らし合わせ、関連づけた仮説効果」。定量効果だけでなく定性効果も視野に入れて整理しましょう。

(5)対象者別にベネフィット(想定/期待効果)を整理

ITシステムを導入することでの、主管部署、ならびに関連部署(グループ全体、子会社)などが得られるベネフィットを、(2)、(3)、(4)を踏まえて、"想定効果"を整理します。これによって、ステークホルダーはより腹落ち感が高まります。

(6)プロセス成熟度/能力レベルの認識合わせ

「COBIT5」という企業や組織のITガバナンス成熟度を測るフレームワークがあります。これを使ってシステム導入対象としている組織や部門の現在の「成熟度/能力レベル」の確認(As-Is)を行い、中長期等で目指す成熟度設定(To-Be)を行い、その実現を目指すための想定計画/施策を示します。

(7)中期での展開を提案

ITシステム導入後の、将来フェーズのシナリオも合わせて提案します。(4)~(6)を実現するための「仮計画」を示し、例えば「全体最適化」や「横展開/適用領域拡大」などを示し、ステークホルダーの納得感を向上させます。

以上が、「(超)上流工程」を重視した提案書作成のひとつのアプローチになります。もう少しイメージしやすいように、次は具体的な事例をもとに解説していきます。

自立的なプロジェクトが誕生。4年経っても陳腐化せず「横展開」にも繋げられる

紹介するのは、某メーカーでの「新規CMS導入」事例です。

<提案前の状況>

最初に、クライアント企業から「一部コンテンツに向けCMSを導入してほしい」という依頼をいただき、企画フェーズとしてプロジェクトが立ち上がりました。なお、このクライアントは以前にもCMSを導入したことがありましたが、当時は想定していた投資効果(ROI)が得られず、その後運用を取りやめています。

<提案書の作成過程>

▼クライアントが発信している公開文書「中期経営計画書」や「有価証券報告書」から「IT投資」にあたる重要キーワードを抽出して、仮説立てを行います。

▼また「(2)IT投資評価項目ガイドライン」にて妥当な評価項目を選別して、「CMS導入」の「経営戦略との適合」における俯瞰的/客観的に抽象化して整理します。

図2:IT投資評価項目ガイドライン(経済産業省「IT投資評価項目ガイドライン」より筆者作成)

▼事実情報として、過去の失敗で効果検証が投資効果(ROI)の定量しか行われていなかった経緯があります。そこで「(4)システム導入による一次効果・副次効果」を活用して、定量のみならず、定性まで広げて効果検証を行えないか整理。

図3:CMS導入想定効果

▼次にCMSを導入した場合の、主管部署を中心に、クライアントのグループ全体、子会社、運用会社などのシナジーを含めて、想定される効果を洗い出します。それが「(5)対象者別にベネフィットを整理」のフェーズとなります。

▼組織の身の丈に合わないITシステムは使いこなせません。そこで、クライアントには、「(6)プロセス成熟度/能力レベル」を活用して、組織の現時点でのITリテラシーレベル(As-Is)および、さらにCMSシステムの活用を進めることで、組織全体のレベルが成熟し、ITリテラシー向上により獲得可能な効果イメージ(To-Be)を示しました。

図4:プロセス成熟度・能力レベル(「COBIT5」より筆者作成)

<提案後の結果>

クライアントに、改めてCMS導入の自社にとっての価値を認識してもらえたことで、「CMSの理解」を第一に考えてもらえるようになりました。それにより、実施プロセスも大きく見直されました。本来、CMSを導入する対象部署があったのですが、最初からそこにアプローチするのではなく、まずは自部署にCMS導入を行い自身が運用する事でベネフィットや解決可能な課題の理解を行う事となったのです。

具体的には、ユーザーの「受け入れテスト(UAT )」において担当部署の人たちが率先して、検証などを実施するようになりました。当初2週間の予定だったUAT期間も、最終的には2カ月間に変更。その期間に、「あそこを手直ししてほしい」「マニュアルの改訂が必要だ」などの要望が頂いたり、「●●●●をもっと効率化できる」など、自分たちで汗をかいてきたからこそ、さまざまなアイデアも創出されました。

また懸念点だった定性効果についても、まず自部署からCMSを導入する事で「知見やノウハウ」を得る方針を定めリリース後の本番運用でPDCAをサイクルさせる事としました。これを踏まえ、次ステップ横展開に向けた下準備の位置づけとしました。

このようにCMSの導入を自部署から始めたことで、「スモールスタート」が可能になり、結果としてプロジェクトリスクも最低限に抑えられたことは、取組みの大きな成果と考えています考えています。自身により運用課題を一つずつつぶし知見を獲得する事で、次フェーズの展開は、より精度高く取組めるようになる事が見込まれます。 企画提案からおよそ約2年半が経過しましたが、頓挫/形骸化することなく、現在は次フェーズに当たる横展開に向けた取り組み着手しています。このように、ITシステムの導入・安定運用には「(超)上流工程」に焦点を絞った企画提案が有用であることが示されました。

高い視座を持ち、「3番目のレンガ職人」たり得る

実際、「現場が困っているから」という理由だけでは、ITシステムが導入されることはほぼありません。現場担当者だけでなく経営者や管理者を含めた、この3者の困り事を解決するITシステムが選ばれることが理想的であり、あるべき姿(だが、そうでないケースが多い)です。経営者であれば「企業の生き残り」、管理者であれば「部門の収益向上」、そして現場は「現場の業務効率化」などです。

そして最終的には経営者の視点で、ROIの最も高いITシステムが採用されます。だからこそ、プロジェクトマネージャーは高い視座を持って、多角的な視点で物事を捉えて、アクションを起こす必要があります。

「3人のレンガ職人」というイソップ童話をご存知でしょうか。

旅人が、3人の職人に「何をしているか」と質問します。

  • 1番目の職人は「レンガを積んでいる」と答えます。
  • 2番目の職人は「壁をつくっている」と答えます。
  • 3番目の職人は「神をたたえるために大聖堂を造っている」と答えます。

同じ仕事をやっているにも関わらず、このように人によって仕事の捉え方が大きく異なります。1番目の職人は、手段=目的化しており、近視眼的なモノの見方しかできていない典型的なタイプです。プロジェクトマネージャーは、この「3人のレンガ職人」の視座の違いを意識して、プロジェクトに取り組まなければなりません。

そして目指すのは、もちろん「3番目のレンガ職人」です。最初に紹介したような「(超)上流工程」に焦点を絞った企画立案の手順で進めていけば、安定した成果を導き出せます。あとは、自ら実践を繰り返し、自分の血肉にしていくのみだと思います。

著者プロフィール

松田 直英
プロジェクトマネージャー

独立系SIerで長年IT業務全般に従事した後、2020年にイントリックスへ入社。オープン系システム開発、IT運用全般、自社の事業戦略/企画に携わる。なかでもパッケージ商材を用いたソリューション提案を得意とする。ITコーディネータの他にPMP、ITILの資格を持つ。

BtoB企業のデジタルコミュニケーションを総合的に支援しています

BtoB企業に特化したサービスを提供してきたイントリックスには多くの実績とノウハウがございます。現状のデジタル活用の課題に対し、俯瞰した視点でのご提案が可能ですので、ぜひお気軽にご相談ください。

お問い合わせ

デジタル活用 無料オンライン相談会

BtoB企業のデジタル活用を支援してきた各分野の経験豊富なコンサルタントが、マクロな調査・戦略立案からミクロなデジタルマーケティング施策まで、デジタル活用の悩みにお応えします。

無料オンライン相談会
概要・お申し込み

BtoBデジタルマーケティングのお役立ち資料

BtoB企業向けにデジタルマーケティングの最新情報をホワイトペーパーとしてご提供しています。

資料ダウンロード

イントリックス代表 氣賀 崇の公式note

イントリックス代表 氣賀 崇の公式note

noteでは、BtoBのデジタルコミュニケーションの面白さや意義、可能性などについて語っています

INTRiXメールマガジン

セミナーやコラム情報をお届け

ご登録はこちら